日経スペシャル ガイアの夜明け

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2021323 放送 第957

会社が消えた...その時、あなたは?~三洋電機“消滅”から10年~

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「あなたの行くところはありません」。50代半ばの男性は、自分の会社が無くなった日に言われた言葉が忘れられない。今から10年前の2011年4月1日、大手電機メーカー「三洋電機」のブランドが消滅。パナソニックの完全子会社となり、三洋電機は事実上無くなった。国内外10万人の社員のうち、パナソニックに移籍したのは7000人ほど。残りの人たちは散り散りになった。60年以上の歴史を誇り、数々の画期的な製品を生み出してきた大手電機メーカーの消滅は衝撃的だった。あれから10年、「元三洋」社員たちはどうしているのか?カメラを向けると、そこには、混迷の中でもがきながらも、たくましく生きる姿があった。コロナ禍で多くの企業が苦しみ、破綻する所も出ている今、逆境から立ち上がり闘い続ける人々から見えてくるものとは...。

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放送内容詳細

戦後、松下電器から「分家した」三洋電機の歴史は、自転車の発電ランプの製造から始まった。その後、白物家電で高度経済成長の波に乗り、日本の暮らしを支えてきた。バッテリー分野で世界のトップシェアを獲得、世界初のマナーモード開発、デジカメの商標権の取得・所有、これらすべて三洋電機が成し遂げたものだ。ピーク時には2兆円を超す売り上げを達成。太平洋、大西洋、インド洋、名前の通り世界にその名を轟かせる存在となった。しかし、2000年代に入り、新規事業への投資の失敗などで財政が悪化。経営再建に乗り出すもリーマンショックでとん挫。2011年、60余年の歴史に幕を下ろした。

「三洋電機は今も生きている」 亀井隆平さん(56歳・元営業部、現「シリウス」)

三洋電機所属の柔道選手だった亀井さんは、30歳で引退し営業部へ。入社前に政治家の秘書をしていた経歴を生かし政界や海外の要人とパイプを作り、新規市場の開拓に尽力した。三洋電機は10年5月に退社。妻と家電ベンチャー「シリウス」を立ち上げ、いま取り組んでいるのは、空気清浄機「ウイルスウォッシャー」のさらなる改良だ。そこで亀井さんが頼りにするのは元三洋の社員たち。シリウスは13人中7人が三洋出身なのだ。「小さな三洋電機みたいだけど、みんなが崖っぷちを経験してきた分、強くなっている」。もうひとつ、亀井さんが進めているのは、次代を担う若者の採用だ。しかし、悲しい現実を知る。高校生たちは、パナソニックや東芝は知っていても、三洋電機は知らないというのだ。「10年という時間は、企業の名前が消えるには早すぎる。三洋電機という会社があったことを伝えていきたい」。

「人切りは”麻薬”」 岡本浩之さん(59歳・元広報・人事部、現「くら寿司」)

84年入社。12年間広報に在籍し、その後、人事部へ。39歳の時に人事部長に抜擢された。しかし、「自分がリストラしたのは8000人ぐらいでしょうか」と、当時のことを語ると表情が曇る。「人減らしは“麻薬”のようなもの。一時的に業績が回復するので、つい繰り返す。しかし、人材を切り捨てて会社が強くなるはずがない」。パナソニックへの出向を経て、12年6月に退社。現在は「くら寿司」の広報・IR本部長を務める。「三洋時代は、苦しい時に守りに入ってしまったのが失敗だったと思う。いま外食産業もコロナ禍で逆風だが、攻めの姿勢を貫きたい」という岡本さん。くら寿司は、今年1月に都心型店舗を渋谷と新宿にオープンし勝負に出た。しかし、緊急事態宣言が…。岡本さん、どうする?

「違う結果だったかもしれない」 鎌谷賢之さん(46歳・元経営戦略部、現「ライザップ」)

東京大学出身。20代で管理職に抜擢され、07年に最年少で経営戦略部担当部長に昇格。経営再建に取り組むも、半年後、リーマンショックが襲い掛かる。社長からパナソニックへの売却交渉を進めると聞いた時、三洋電機を去る決断をした。会社が沈みゆく中、09年春、ソフトバンクに転職。17年からはライザップグループへ。赤字が続く厳しい状況からのV字回復を目指す。鎌谷さんは今、三洋時代の失敗を振り返る「あの時、違うやり方をしていたら、違う結果だったかもしれない」。

「残りの人生は半分恩返し」 雨堤徹さん(63歳・元電池開発、現・「Amaz技術コンサルティング」)

兵庫県・淡路島は、三洋電機を創業した井植家の菩提寺があり、同社の誇る電池の開発拠点があった地。その淡路島で退職後、自ら研究施設を立ち上げ電池開発を続けているのが雨堤徹さんだ。三洋電機では、携帯電話の小型化競争がし烈を極める中、超軽量のリチウム電池を開発。その市場での独り勝ちに大きく貢献した。三洋電機の消滅後、雨堤さんの元には、パナソニックやサムスンなど多くのメーカーから誘いが。しかし、そのすべてを断った。「残りの人生、半分恩返しが出来たら」。独立し志したのは、ニッチだが人の役に立つ製品作り。三洋時代から開発が進んでいた車載電池のノウハウを活かし、微弱な電気信号で指や手首を動かすことができる筋電義手用の電池の開発などを進めている。

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