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2023年2月24日(金)放送 第1053回

カリスマを継ぐ者~スズキの新たな闘い~ガイア20周年企画 第10弾

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軽自動車が女性に人気の「スズキ」。1979年に47万円で発売された初代「アルト」を皮切りに「ワゴンR」「ハスラー」など次々にヒットを飛ばし、"軽のスズキ"と呼ばれるまでに成長した。その立役者が、現在93歳で相談役を務める鈴木修さんだ。誰もが「カリスマ」と呼ぶ経営者だったが、2021年6月、会長職を辞任し一線を退いた。退任会見で「バイバイ」と言い去っていったカリスマ。その後を継ぐことになったのは、長男の俊宏さんだ。EVへと大きく舵を切る自動車業界。席巻してきたインド市場に忍び寄るライバルたち。状況が激変する中で、カリスマなき後、スズキはどんな道へと進むのか?

内容詳細

カリスマ経営者・鈴木修

2022年7月27日。浜松市内のホテルで、ある集まりが開かれていた。300人を超える出席者の輪の中心にいるのは、鈴木修さん。前年に会長職を辞し一線を退いた、あの元カリスマ経営者だ。年に1度行われる「スズキ友の会」の総会。話を聞くと、どんな部署の人でも修さんとの思い出話が飛び出す。とてもグループで7万人を超える従業員を抱える大企業とは思えない。自らを「中小企業のオヤジ」と名乗った修さんが、徹底した現場主義を貫き、社員ひとりひとりと向き合ってきた証だ。創業家の娘婿だった鈴木修さんが社長に就任したのは1978年。翌年に新モデル「アルト」を47万円という低価格で販売し大ヒットさせ、“軽のスズキ”の礎を築いた。さらに1982年には、当時まだどこも注目していなかったインドに進出し、50%以上のシェアを獲得。社長就任時、売り上げ3200億円だった企業を、3兆円を超える世界的企業にまで成長させた。

カリスマ依存からの脱却 初取材!経営陣総出で臨む“工場視察”

「僕がいきなり一人でやるのは無理。みんなの力を借りながらやっていかないと」と語るのは、経営のバトンを引き継いだ、修さんの長男・鈴木俊宏社長(63歳)だ。そんな俊宏社長がいま取り組んでいるのが「工場視察」。毎年秋頃、国内の全工場を役員総出でまわる、スズキの名物業務だ。「工場は永遠に未完成。常に今やっていることが間違っているという前提で見ることだ」と言った修さん。その徹底した姿勢が、合理化を極めたスズキの工場をつくりあげてきた。部品を搬入するレールにつけられた傾斜は、部品を乗せたパレットが自動的に滑り移動するためのもの。「重力はタダだ。地球の力を使え」と言った修さんのアイデアだ。そして今回、その工場視察に臨む俊宏社長の姿を追う。

スズキの牙城 インド市場の苦戦

国内でトヨタや日産、ホンダの後塵を拝していたスズキが、鈴木修さんの「どこかの国で1番になる」という信念のもと育て上げたインド市場。自ら技術力を猛アピールして進出の足掛かりを作り、200回以上もインドに足を運んで開拓した。2005年、当時会長だった鈴木修さんのインドでの姿を、ガイアは取材していた。(2006年放送「眠れる巨象インドを狙え!」)「せっかく一番だから一番は永久に。22世紀になっても一番」と語る修さんからは、手塩にかけて育てたインド市場への思いが溢れていた。しかし今、その地で異変が起きている。ずっと守ってきたシェア50%を割り込んだのだ。最大の要因は、韓国や地場のメーカーとの競争の激化。そこでスズキは、現在インド国内に3000ある販売拠点を6000にまで増やし迎え撃つという。現在インドの人口は14億、そのうち車を購入できる層は3億ほど。競合他社も含め、いままでは、その3億人がターゲットだった。しかし、俊宏社長は、これまで自動車を購入できなかった残りの10億人にまで販売網を広げようとしている。先人が築き上げたものを取り戻す…動き出した人々のたたかいを追う。

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最近、「ガイアの夜明け」に出演できると持ちかけて、多額の金銭を要求する業者があるとの情報が寄せられました。
「ガイアの夜明け」を始めとした報道番組が、取材対象者から金銭を受け取って番組を制作することはありませんので、ご注意ください。当社では、あくまで報道番組の視点から番組が独自に取材対象の選定にあたっています。
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