東日本大震災と福島第一原発事故により、避難指示区域に設定された南相馬市小高区は一度「住民ゼロ」となった街だ。あれから15年、いま小高には、醸造家、AIエンジニア、デザイナーなど、全国から若者たちが移住し、次々と新たな事業を立ち上げている。その仕掛人が、和田智行さん。和田さんは避難指示解除前の2014年、いち早く小高で活動を再開する決断をする。和田さんが取り組んできたのは、街の課題をビジネスで解決すること。復興作業員や住民の食事の場として始めた食堂「おだかのひるごはん」、かつての地場産業の養蚕業を復活させて地元の女性たちの働く場をつくった「織姫プロジェクト」等々。現在注力しているのが、ガラスアクセサリー工房「アトリエiriser」。地元のみならず県外からも、職人として働くため多くの若者が集まってきている。そうした小高の取り組みが、いま他の地域に広がりつつある。2024年の能登半島地震の被災地で、復興に繋げたいと、小高で生まれた地域ビジネスのノウハウを和田さんが伝えているのだ。和田さんが挑む故郷を取り戻す闘いの行方は・・・。
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2026年3月20日(金)放送 第1208回
俺たちの故郷を取り戻す!あの主人公はいま…震災15年SP
東日本大震災から15年。あの時、ガイアが密着した被災地の人々はいま、どこで、どんな人生を歩んでいるのか。福島県南相馬市小高地区では、原発事故で住民ゼロとなった街に「働く場所」をつくろうと挑んだ人物がいた。避難指示区域で始まった小さな挑戦は、やがて起業家が集まる地域づくりへと発展。その取り組みがいま、別の被災地、能登半島へも広がろうとしている。岩手県大船渡市では、飲食業に関わる幼なじみの2人が、被災直後から「復興屋台村」の設立に奔走した。街に再び灯りをともそうと二人三脚で走り続けた日々。しかし開業を目前にしたある日、一人は東京へと旅立つ。別の道を歩み始めた二人は、15年を経て再び向き合う。震災の記憶、故郷への思い、そして歩んできた人生を語り合う。あれから15年、復興とは何か。あの日の主人公たちが挑み続けた「故郷を取り戻す」闘いを追った。
内容詳細
“人口ゼロ”になった街の挑戦 …ビジネスで故郷を取り戻す!
屋台村で復興へ… 別々の道を選んだ2人の15年
岩手県大船渡市。2011年3月、巨大津波は街の中心部を飲み込み、多くの商店や飲食店が壊滅的な被害を受けた。街の灯りが消え、人の気配さえ失われた被災地で、立ち上がった二人の飲食店主がいた。幼なじみで、大船渡飲食店組合の組合長、及川雄右さんと副組合長、新沼参壱さん。「街の火を消してはいけない」。震災直後から二人は二人三脚で奔走。被災した店主たちが再び商売できる場所として、仮設店舗を集めた「復興屋台村」の設立に動き出す。資金集めや行政との交渉、仲間集めに走り回った。だが開業直前、新沼さんは東京へ向かう苦渋の決断をする。2人は別々の道を歩み始めたのだった。あれから15年。大船渡の街も復興が進みその姿を変えつつある。屋台村は湾岸地域のかさ上げ工事のため撤去された。その後、屋台村があった場所の近くに新たな商業施設が生まれ、街には再び人の流れが戻りつつある。故郷に残った及川さんは、今もその商業施設内で飲食店を営みながら街に賑わいを生むため尽力していた。一方、新沼さんは、東京で故郷の海の幸を届ける料理店を構え、多くの客に三陸の味を伝えている。そして、数年ぶりに顔を合わせる二人。震災の記憶、あの日の決断、それぞれの15年。故郷を離れた者と、故郷に残った者。2つの人生が交差する時、見えてくるものとは。
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2025年4月28日










