板飛び込み 日本代表・寺内健、39歳「オリンピックのメダルが欲しい」現役復帰し東京五輪目指す

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2020.6.21

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寺内健 写真:YUTAKAアフロスポーツ

そこに秘められたドラマをあなたはまだ知らない

東京オリンピック、板飛び込みの日本代表 寺内健、39歳。

去年7月、全ての競技の中でいちばん最初に代表の座を勝ち取った。

自身6度目の出場になるオリンピック。しかし開催は延期され代表選考もストップしたまま。寺内の内定が維持されるかも決まっていない。

プールが使用中止になりここ2ヶ月は自宅で愛猫と一緒にトレーニングに励む毎日。

けれど寺内に悲壮感はない。その余裕は、立ち向かうことの大切さを教えてくれる。

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飛び込みを日本に広めたのが寺内だった。

初めてのオリンピックは15歳。以後、シドニー、アテネ、北京、リオと5大会に渡って出場を果たした。

研ぎ澄まされた肉体には目を見張る。来年の東京オリンピックまで何としても維持したい。

41歳になる来年。この年齢でオリンピックの舞台に立つのは生半可なことではない。

ライバルとの年の差は26歳

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だが、刺激をくれる後輩がいる。それは天才少年と呼ばれ金メダル候補の呼び声も高い玉井陸斗くんだ。

寺内とは年の差なんと26歳。そこにはどんな絆が?

JSS宝塚は寺内も育った飛び込みの虎の穴。飛び込みの競技人口は全国で700人ほどと言われ決して多くない。

裏を返せば、有望な選手は若いうちから芽を出し易いと言える。

JSS宝塚には寺内や玉井くん育て上げた鬼コーチがいる。馬淵崇英コーチ。娘の馬淵優佳も飛び込み選手で一昨年、競泳の瀬戸大也と結婚した。

寺内は馬淵コーチが育て上げた最高の選手。高さ3メートルの板飛込みで世界の一線に立ち続けている。

全ては練習の賜物。なんと一日8時間以上にもおよぶ。

【動画】東京五輪内定第1号 飛び込み 寺内健に密着!

小学生の頃から続けるルーティン

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一方、メンタルの面では寺内はかなり極端なタイプだ。

たとえば体を拭くセームタオルをほとんどの選手は台からプールサイドに放り投げるが、寺内は同じ折り方、同じ位置に綺麗にかける。

聞けば小学校6年生の頃から続けているそう。さらにそのタオルを乗せるのは必ず左肩。階段を上がる時は左足からだが、飛び込み台だけは右足から上がる。

さらに驚いたのは週に一度のペースで美容院に通っているという。贅沢に興味はないがルーティンは外せない。

帽子も必需品でどこに行く時でも最低5個以上を持ち歩く。

寺内には今も消えない苦い記憶がある

そんな寺内には今も消えない苦い記憶がある。36歳で出たリオオリンピック。

それは予選で起きてしまった。突然吹き始めた強風。心身ともに繊細さを求められる飛込みでこの強風は命取りだった。空中でまともに風を受け、普段の回転ができなかった。抗議したが、やり直しは認められず予選で敗れ去った。

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メダルが欲しい。

自分に嘘をつかない道が、現役続行だった。この年齢での東京オリンピック延期は死活問題でもあった。

なぜなら飛び込みは身体への負担が大きいため、大半の選手は20代で引退する。長く現役を続けることはケガのリスクと戦うことを意味するからだ。

15歳でアトランタオリンピックに出ると、10位という見事な順位に食い込む。その後の大会はずっとメダル候補。

世界選手権ではとれたがオリンピックでは届かず、笑顔を忘れていたあのころ。

28歳で引退...そして31歳で現役復帰

4度のオリンピック出場を経て、28歳で一度は引退。大手スポーツメーカーに就職し水着の開発などに携わる。

その生活は二つのことを気づかせてくれた。

自分はまだ燃え尽きていない。そして、オリンピックのメダルが欲しい。こうして31歳で現役復帰し、その想いが今も続く。

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戻ってきた地獄の毎日は戻ってみると、充実していた。

天才少年・玉井くんというライバルもできた。玉井くんは後に寺内の最年少優勝記録を次々に塗り替えている。

親子と言ってもおかしくないほどの年齢差。しかし寺内は、こんなにも年下のライバルを持てたことを誇りに思っている。

苦しみも挫折も知る男は全てを力に変えて明日へと向かう。