水球日本代表 最年長・志水祐介 引退し、教師として生きていくつもりだった男が再び五輪を目指す理由とは

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2020.7.4

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そこに秘められたドラマをあなたはまだ知らない

水球日本代表、通称"ポセイドンジャパン"はいま、東京オリンピックを据え、1年のうち200日を強化合宿に費やしている。

7人で8分4ピリオドを戦う水球は、ファウルなどで時計が止まっている時間を入れれば1時間以上、ひたすら立ち泳ぎする過酷な競技。泳ぐ距離は、代表クラスだと1試合で10キロにもなるという。

しかも、水中の格闘技と呼ばれるほど、ボディコンタクトが激しい。試合での怪我は、日常茶飯事だった。

鍛え上げられた肉体が、過酷な競技に打ち込んだ日々を物語る。

野球やサッカーなどのメジャースポーツと違い、彼らには予算もスタッフも足りていない。練習の片づけから水着の洗濯まで自分でできることは自分でやる。

環境は自ら掴み取るもの。結果を出してアピールするしかない。

世界を席巻する「パスライン・ディフェンス」

昨年7月、新潟で行われた合宿では、来日中の強豪国との親善試合が組まれていた。

なんと相手はリオオリンピックで金メダルのセルビア。2メートル近い選手を揃え、パワーで相手を圧倒するチームだ。

だが、序盤からリードを奪ったのは日本だった。そして、勢いそのままに強豪セルビアから史上初の勝利を挙げた。

今回の歴史的勝利をもたらしたのは、8年前から取り組んできた独自の戦術だった。

世界を席巻するジャパンオリジナル。その名も「パスライン・ディフェンス」

通常、水球のディフェンスは相手とゴールの間に入り、シュートコースを防ぐポジションをとる。しかし、パスライン・ディフェンスはゴールを守らずに、全員が前に出てパスを封じるポジションをとる。

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いったん裏にパスを通されれば、簡単にシュートに持ち込まれてしまうリスクをはらんでいるが、前に出ているぶん、ボールを奪うと一気に相手陣地へと攻め込むことができる。相手の守備陣形が整う前に攻め入ることで、体格差のハンデを埋めているのだ。

監督の大本は、日本体育大学の教授でもある。どうすれば体格で劣る日本が勝てるのか研究し、出した答えが8年前から始めたパスライン・ディフェンスだった。

それまでの水球の常識とはまったく異なる戦術...。選手も最初は、できるわけないと猛反発したそうだ。

何かを変えるためには、常識を疑うこと。革命的な戦術の裏には監督と選手たちの長い試行錯誤があった。

チーム最年長の志水祐介の体は、満身創痍だった

この時、戸惑うメンバーたちをまとめたのが、チーム最年長の志水祐介だった。

代表に入ったのは12年前。日本が勝てなかった冬の時代を、身をもって知っている。パスライン・ディフェンスにも率先して取り組み、リオオリンピック出場の立役者となった。

東京オリンピックのメダルを目指す上で、欠くことのできない存在。だが長年チームを牽引してきた男の体は、満身創痍だった。

3年前、肩をつなぐ筋肉・腱板を断裂。引退という言葉よぎったこともあった。

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辛い日々を乗り越え再びプールに戻ってこられたのは周りの支えがあったから。

中学時代の夢はJリーガー。ケガでプレーできなくなったとき友達から水球に誘われた。

水球のオリンピック選手が新しい夢になった。

19歳で日本代表入り。その頃の日本水球はアジアでさえ勝てなかった。23歳で挑んだロンドンオリンピックも予選敗退。

オリンピックは夢のまた夢、引退を決意した。

志水には意外な過去がある

実は、志水には意外な過去がある。1年だけ、中学校で教員をしていたのだ。

2012年、ロンドンオリンピック出場の夢が破れた頃。引退し教師として生きていくつもりだった。1年生の副担任をしながら体育を教え、陸上部の顧問も担当していた。

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だが、夢を持ち、努力することの大切さを教え子たちに語るうちにある思いが芽生えてきた。夢を諦めた自分が、生徒たちに夢を持つ大切さを説いていいのだろうか。

もう夢を諦めない。

そう生徒に宣言して学校をやめた。

アルバイトで生活を支えながら、リオオリンピック出場を果たした。

いまは、東京でのメダルが新しい夢。

東京オリンピック延期を受け、志水は...

昨年9月、ポセイドンジャパンは水球の本場・イタリア遠征に出発。強豪クラブとの武者修行でさらなるレベルアップを計った。

イタリアを皮切りに遠征はおよそ100日間におよんだ。相手は各国の代表クラスが集う強豪チーム。オリンピックでのメダル獲得を目指し戦術に磨きをかけた。

だが、帰国して一か月後、オリンピック延期が発表された。

志水は今どうしているのか、連絡を取った。

志水は自宅で黙々とトレーニングに打ち込んでいた。自粛期間中はプールに入れない。だからこそ、肩のケガと向き合ういい機会だと割り切ってトレーニングに励んでいた。

志水の思いは今も変わらない。

夢を諦めない。

東京オリンピックのメダルが欲しい。