巨人・坂本勇人 2000本安打達成までの道のりと、3人のレジェンド達の存在

卓球

2020.11.24


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そこに秘められたドラマをあなたはまだ知らない

瞬間の積み重ねで歴史は作られる。

2020年11月8日、巨人の坂本勇人は本拠地・東京ドームで行われたヤクルトとの試合の第1打席でツーベースヒットを打ち、プロ野球史上53人目となる通算2000本安打を達成した。

歩んできた道のりに曲がり角は多かった。変化を恐れず進化を求め、その繰り返しが高みに続いていた。
だから今、変わるきっかけをくれた3人のレジェンドに深く感謝している。

一流選手の戦いは、いつだって人知れず始まる。去年12月、優勝旅行で訪れたハワイで坂本は体作りに取り掛かった。
2千本安打まであと116本。記録達成はもう時間の問題だ。

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原辰徳監督の存在と、松井秀喜の助言

原監督の眼鏡にかない高校からドラフト1位で巨人に入団。初ホームランは2年目の春。劇的な満塁弾で東京ドームを沸かせた。

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19歳でショートに定着。大抜擢したのが原監督だった。原監督は野球人生を変えてくれた最初の人。
球界一と評されるインコース打ちも原の打撃指導でものにした。プロ4年目には初の30本塁打を放ち、6年目にはチームの先輩・長野と並んで最多安打をマークした。

6年前、人材登用に秀でた才覚を持つ原監督は優勝旅行中に、坂本を新キャプテンに指名した。どこか似た輝きを持つ師弟。不思議な結びつきもある。原辰徳は平成第1号ホームランを記録し、平成に続く元号である令和の第1号には坂本の名前が刻まれているのだ。

しかし出る杭は打たれるのが世界。7年目、2013年から成績が落ちる。苦手の外角攻めに苦しんだ。
変化を求める勇気に、野球の神様はきっかけを用意する。

春季キャンプ、臨時コーチの松井秀喜から大きな助言を授かった。軸足に重心を残しボールをしっかり引きつける。
このアドバイスが見事に当たった。逆方向へのヒットが増え2016年のシーズンには初の首位打者に輝いた。

三人目の恩人・阿部慎之助

打撃復活に伴い、守備もまた円熟味を増していく。特に今年は守りでの貢献も大きい。坂本の守備がチームをどれだけ救ったことか。

欠かせないのがベンチ裏に設置した小型冷凍庫。
実は坂本、攻守交代のたびにグラブをこの冷凍庫に入れているのだ。柔らかくなり過ぎると捕球しにくくなるため、冷やして硬さを維持しているという。

坂本の野球人生を変えた三人目の恩人は去年引退した阿部慎之助だ。
坂本は入団二年目から毎年、グアムでの自主トレを共にしてきた。優勝した6年前には阿部からキャプテンの役目を託された。

しかし、おととしまでの4シーズン、巨人は優勝を逃し続けた。キャプテンが替わったせいとは決して言えない。しかし坂本は思い悩み、もうやめたいとこぼすことさえあった。貪欲さの足りない若手に歯がゆさも感じた。だがプロのチームでキャプテンがどれだけ言葉にして教えるべきか。

苦しい時にこそ、原点に立ち戻る

後輩たちとの食事の席で坂本が語ったキャプテン像、まずはプレーで引っ張る。言葉はここ一番でいい。
坂本のキャプテン6年目はそうして始まった。

滑り出しは苦しい形になった。快音が遠く、7月には打率が2割1分台にまで下がる。

じゃあどうすればいい?
苦しい時にこそ、人は原点に立ち戻るもの。
坂本が求めたのは変化だった。幾つもの試行錯誤の結果、打撃は徐々に上向いていった。

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「変わり続けることを変えない」その姿勢が、坂本の打棒を復活させた。
9月以降は本調子。その中でキャプテンとして追い求めた瞬間もやってきた。キャプテンの責任を背負い、チームを二年連続のリーグ優勝に導いた。

そして11月8日、個人としても2000本安打という偉業を達成した。

キャプテン坂本に残された責務は、8年ぶりの日本一奪還のみ。