ソフトボール主将 山田恵里 20年間の日本代表を引退へ「役目は果たせたかな」

ソフトボール

2021.8.14

y1.jpg左から上野由岐子、山田恵里 Photo:Itaru Chiba

東京五輪女子ソフトボールで金メダルを獲得した山田恵里(37・デンソー)が12日、テレビ東京の取材に応じ、今大会を最後に20年間の日本代表活動から引退することを明らかにした。

金メダルが当たり前と言われる中で背負った重圧や恐怖、それを支えたチームの存在やこれからのソフトボール界についてなど、30分に渡るインタビューで東京五輪までの道のりを振り返った。


「1人じゃないと思えた」藤田倭との"ベンチでの慰め合い"

本当に自分1人で乗り越えたというよりは、(予選リーグ第3戦)イタリア戦でベンチで藤田と色々喋っていたのですが、藤田も打たれて交代していろんな思いを持っていて。

「終わったね、自分たちの夏」とか言って喋っていて。「終わってないですよ!終わってないよ!」と慰めあいをしていたんですよベンチで(笑)

合宿の時からお互いに色々あって、お互い悩んでいて、お互い励まし合っていたので、いい関係性だったんですよね。イタリア戦も同じタイミングでまた慰め合えたということも本当に1人じゃなかったというのは良かったと思います。

ー五輪前後でより藤田選手との関係性に変化があったのか

今年に入ってからですかね。お互い同じタイミングで移籍をしたので(今季から山田は日立からデンソーに。藤田は太陽誘電からビックカメラ高崎へ移籍)

そのあたりから「どうするの?」という話もするようになりましたし、そういう関係性が築けたと。私はすごく助けられました。

山本も練習の内容を決めたりとか色々手伝ってくれましたし、峰幸代(トヨタ自動車)や森さやか(ビックカメラ高崎)や渥美万奈(トヨタ自動車)もそうですし、本当に助けれらましたね、自分が助けなければいけない立場だったのですが。

ただそういう1人で抱えるような状況は作りたくなかったので、誰でもが誰かに相談できるようになれたらいいなと思っていたので。

自分としては雰囲気づくりだったりとか、笑顔にしたりとかそういう風に意識はしていたので、もしそれがチームの役に立ったのなら良かったなとは思います。


「メダルの色って何なんだろう」色よりもメジャーになることが価値

ー以前「北京五輪の金メダルは吉田沙保里さんの金メダルとは意味が違う(影響力)」と話をしていたが、今回の金メダルにはどんな意味をもたせたいか

価値感はよく分からないのですけれど、結局ソフトボールの金メダルよりバスケットボールの銀メダルの方がすごいとなりますよね。だからメダルの色って結局なんだろうって分からないですよね。

当たり前の中で取った金メダルですし、結局はメダルの色というよりはソフトボールという競技がもっとメジャーになること、それが価値なのかなと思いますね。

ー北京五輪の後と同じように次回のパリ五輪では実施競技から除外される

国内でもちろん盛り上げることは大事だと思うのですが、世界的にソフトボールを普及させないと難しい。 ソフトボールの中では山田恵里という存在を少しは知ってもらえたと思います。

色々なところに行って普及活動はしやすくなったと思うので、今自分が一番やらなければならないことは、ソフトボールの熱を冷まさないことだと思います。海外でもそういう活動をしていきたいと思っています。

ソフトボールっていいじゃないですか。いい競技じゃないですか。お互いを助け合えたりとか、うまくいかなくても次にまた取り戻すチャンスがあったりとか打席が3打席あったり7回まであるので。

生きていくために必要な要素がソフトボールに含まれていると思うので、お互いを助け合ったり、物を大切にしたりかける言葉だったり。

どの競技もそうだと思うのですが、そういう物を無くさないで欲しい。世界的にももっと普及したいですし、今後ソフトボールを続けていく選手がたくさんいる中で、輝ける場所をなくさないで欲しいなと思います。

Photo_ItaruChiba.JPGソフトボール日本代表チーム Photo:Itaru Chiba


五輪からの除外も含めて全てが繋がって今回の金メダル

ーアテネの銅、北京の金、東京の金 3つのメダルがもつ意味は

アテネの時はソフトボールがオリンピック種目から無くなるなんて思っていなかったので、これからどんどん続いていくものだと思っていました。

アテネの前のシドニーでは銀メダルで、「次は金メダルが取れる」と期待された中でアテネは銅メダル。アテネでの銅メダルがあったからこそ、次の北京で金メダルが取れたと思います。

金メダルが期待された中という意味では今回がそのような戦いでしたし、何が大切なのかをそこで学んで金メダルを絶対取るという気持ちで臨みました。

アテネの銅、北京の金、っていうのが全て繋がって今回の金メダル。その時には分からなかったですけれど、本当に全てが繋がったと思います。

ー今年の元旦に2021年のテーマは「挑戦」と掲げた。これからはどんな挑戦をしていくのか

ソフトボールを普及することですね。自分の技術的な追求というのは全然思っていなくて、環境を整えたい。それが自分の挑戦かなと思います。

何ができるかわからないですけれど。ソフトボールしかしてこなかったのでいろんなことを勉強したいですし、そこからスタートかなと思いますけどね。


「新しい時代を作っていかなければいけない」 20年間の日本代表活動は一区切りに。

ー今後の選手生活について

わからないんですよ。(引退しないでと)言ってくださる方が多くて悩むんですよ。でも日本代表活動はしないです。

呼ばれることもないと思っていますし、呼ばれたとしても行く気は無い。それは世代交代しないといけないタイミングだと思っているので。

自分は20年間代表活動をしてきて、本当に自分がやらなきゃと思ってずっとやってきました。ただ誰かがいると頼ってしまうので、そうではなくて、新しい時代を作っていかなければいけない。それがこのタイミングなんじゃ無いかなって思っています。