桜花賞優勝馬ハープスター「観る者を唖然とさせた衝撃の末脚」【もうひとつの名勝負伝説】

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2026.4.11


川田将雅騎手騎乗のハープスター(c)SANKEI

鞍上が最後方待機を選択した背景とは?

2014年の桜花賞で断然の1番人気に推されたハープスター。同馬は道中最後方待機から直線で「異次元」ともいうべき末脚を繰り出し、勝利を飾った。

今回はその鞍上にして、今や押しも押されもせぬ競馬界のトップジョッキーである川田将雅騎手に聞いたこの衝撃のレースの真相を、関係者への取材を通して競馬の名勝負の舞台裏に迫った『もうひとつの名勝負伝説〜関係者だけが知る激闘の裏側』(2025年5月26日刊・マイクロマガジン社)から一部抜粋・編集してお届けする。

「騎手になって11年目でしたが、自分が緊張していることを自覚したのは、あの桜花賞のポケットが初めてでしたね。普段はポケットでも誰かしらしゃべっていたりするものですが、GⅠ、それもクラシックともなると、誰も言葉を発しない。そんなクラシック特有の静まり返った空気の中で、自分のドクンドクンという張り裂けそうなほどの激しい鼓動を感じた時に〝あ、俺は今、緊張しているんだな〟と気づきました」

〝あの桜花賞〟とは、川田将雅史上におけるエポックメイキング的レースである、2014年の桜花賞。

はっきりと自覚するほどの緊張は、「ポケットからゲート裏に向かう過程でスッと消えていった」と言うが、これ以降、同じような緊張を味わったのは同年の凱旋門賞だけだというから、川田の中にも得難い経験として刻まれているに違いない。

それにしてもだ。単勝1.2倍という圧倒的な支持を背負いつつ、大外枠からゆっくりとゲートを出すと、道中は明らかに意図的な最後方待機。

直線に向いた時点でもまだ最後方で、そこから一気に17頭を飲み込んでみせたのだから、相当な腹積もりがあったのだろう。

馬券を買っていたファンはもちろん、あの展開には関係者も肝を冷やしたはずだが、当の川田いわく、「届くとか届かないではない。届いてもらわなくちゃ困る。僕にとってあの桜花賞は、そういうレースだった」。

これまでほとんど語られてこなかったが、あの桜花賞で川田が最後方待機を選んだ背景には、前年の阪神JFに端を開く、よんどころない事情があった。

その阪神JFは、4角後方から馬の間をスルスルと伸びてきたものの、先に抜け出したレッドリヴェールにハナ差及ばずの2着。「負けて強し」という見方もあった中、レース後、検量室前に引き上げてきた川田を待っていたのは、調教師・松田博資からの叱責だった。

「『ややこしいところを通しやがって』と......。静かな声でしたが、その中に激しい怒気をはっきりと感じました。道中はずっと外が壁で、外に出すには一旦下げる必要がありましたが、休み明けの影響が色濃く残っていたあの日のハープには、それができるだけの余裕がなかったんです。

だから、直線は目の前に開いた道をそのまま抜けてきたわけですが、先生はその競馬が気に入らなかった。2着という結果ではなく、馬を信じて外を回さなかったことが逆鱗に触れたんです。〝4コーナーまではゆっくり後ろで内を通り、直線は大外に出してから動かす〟。

これが競馬に対する松田先生の絶対的な〝当然〟でしたから。自分の管理馬に絶大な信頼があり、能力があれば、その競馬で勝てる。勝てなければ、そのクラスの馬だと受け入れる。無理をさせず、最後だけ頑張らせることが、その馬を壊さないことにも繋がる。先生の〝当然〟の意図を、今はそう理解してます」

あの阪神JFで外を回していたら、2着もなかったのでは......と思ってしまうが、どうやら松田にとって着順は二の次。

「ややこしい競馬」こそに地雷は埋まっていたのだ。こうして松田の怒りを買ってしまった川田は、その後、絶体絶命のピンチを迎えることになる。

「阪神JFの後、『将雅は降ろす。代わりに外国人ジョッキーを連れてこい』という話になりました。先生が外国人と言ったのは、ここで日本人に乗り替わるのは、さすがに僕がかわいそうだからって。でも、そこでオーナーサイドが『先生、もう1度将雅でいきましょう』と言ってくれたんです。おかげで首の皮一枚繋がった」

2014年のクラシックを共に歩んだハープスターとトゥザワールド。この2頭は、どちらもデビュー前からクラシック候補と目されていたほどの素質馬だった。

そういった馬たちの手綱を新馬戦から託されたのは、川田にとって初めてのこと。その馬たちに乗り、どういった結果を残すかによって、今後の騎手人生が変わる──。

まさに騎手としての正念場であり、絶対に手放すわけにはいかなかったのだ。

「降ろされかけた僕としては、チューリップ賞以降、先生の逆鱗に触れないように、前半はゆっくり後ろで内目を通り、4コーナーでは大外を回すという、先生の〝当然〟を遂行するのみでした。なおかつ、『もう一度将雅で』と言ってくださったオーナーサイドに報いるためには、勝たなければならない。

たとえ負けても松田先生は納得してくれたと思いますが、オーナーサイドはそうはいかないでしょうから。チューリップ賞は頭数も少なく、圧倒的な能力差で無事に勝つことができましたが、やはり本番は桜花賞。

ここは絶対に勝たなければいけない、絶対に負けちゃいけないと......。その気持ちがピークに達したのが、返し馬が終わり、ポケットでいろいろと考えている時でした」

■ハープスター プロフィール
生年月日:2011年4月24日生まれ
性別:牝馬
毛色:鹿毛
父:ディープインパクト
母:ヒストリックスター(母父:ファルブラヴ)
調教師:松田博資
馬主:キャロットファーム
戦績:11戦5勝
主な勝ち鞍:桜花賞、札幌記念
生産牧場:ノーザンファーム(安平)

もうひとつの名勝負伝説 ~関係者だけが知る激闘の裏側

手に汗握った名勝負、名馬の衝撃のパフォーマンス、あっと驚く大波乱決着、騎手のGI初勝利など、競馬史に残る感動の名レースをピックアップし、関係者への取材を基にそのレースの真相を明らかにしていく一冊です。

取材対象となる関係者は、そのレースに騎乗した騎手の他、調教師や担当厩務員、調教助手など。騎手のレース中の駆け引きにとどまらず、戦前の馬の様子や陣営の思惑、レース後の感想やエピソードなども取り上げながら、感動と興奮を呼んだあの名勝負の舞台裏に迫ります。


編:マイクロマガジン名勝負取材班
発売日:2025年5月26日
価格:1,980円(本体1,800円+税10%)
購入:https://www.amazon.co.jp/dp/4867167622/


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