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2019.11.19

伊藤美誠、今季ツアー初優勝と東京五輪代表を確実にした軌跡

オーストリアオープンで今季初優勝の伊藤美誠 Photo:Itaru Chiba


 試合を終えた表情は自信と安堵に満ちていた。11月17日に行われたITTFワールドツアー・プラチナ「オーストリアオープン」<11月12~17日/リンツ>女子シングルス決勝。世界ランク7位で日本女子の首位に立つ伊藤美誠(スターツ)は元世界ランク1位で現在4位の朱雨玲(中国)と対戦し、朱をゲームカウント4-1で圧倒。

今季ツアー初優勝を飾った。伊藤の活躍ぶりからすると、ここまで優勝なしというのは少し意外な気もするが、それは今年6月の香港オープン、10月のスウェーデンオープンとドイツオープンでも決勝に進み、準優勝の好成績を収めているせいなのだろう。この3大会で悔し涙を飲んだ伊藤は3度目の正直ならぬ4度目にして待望の金星をつかんだ。

 そしてオーストリアオープンでは、何よりも東京2020五輪の厳しい日本代表選考レースを抜け出したことが大きい。16日の準々決勝でベスト4に駒を進めた時点で伊藤は代表選考基準を満たし、日本女子2位以内を確定させ日本代表入りを確実にした。

伊藤美誠 PHOTO:@ITTFWorld


「自分の人生がかかっている。死ぬ気で頑張りたい」と豪語し、個人戦(シングルス)の2枠を狙ってきた伊藤。わずか19歳の彼女が計り知れない重圧から解き放たれた瞬間だった。なお、男子でも弱冠16歳の張本智和(木下グループ)が、やはり東京2020五輪日本代表入りを確実にしている。

 飛ぶ鳥をおとす勢いに見える伊藤の今シーズンは決して順風満帆だったわけではない。年明け1月の全日本選手権で2年連続3冠(女子シングルスおよびダブルス、ミックスダブルス)を達成した後はワールドツアーで思いのほか成績が伸びなかった。

全日本選手権で2年連続3冠の偉業を成し遂げた伊藤美誠 Photo:Itaru Chiba


ディフェンディングチャンピオンとして臨んだ6月のジャパンオープンではまさかの初戦敗退。翌月のT2ダイヤモンド第1戦(7月18~21日/マレーシア・ジョホールバル)でも加藤美優(日本ペイントホールディングス/世界ランク21位)との日本人対決に初戦で敗れ涙していたのだ。敗因は攻め急ぎ。ほぼ自滅に近い負け方だった。ほんの4カ月前の出来事である。

10オールから11点取った方が勝ちというノージュースや各ゲームに24分の制限時間があるプレーオフゲーム制など独特なルールが伊藤を焦らせたこともあるが、優勝すれば1000ポイントの大量得点が稼げるT2ダイヤモンドで上位進出を果たし、東京2020五輪の日本代表選考レースを一気にリードしたい気持ちも攻め急ぎにつながった。

それはともに代表枠を争う石川佳純(全農)や平野美宇(日本生命)らも同じこと。焦らずにはいられない精神状態の中で冷静さを欠き、やはり初戦で敗れた石川と平野も落胆の色は濃かった。特に伊藤と同い年の平野は重圧に押しつぶされそうになりながら、「もっと死ぬ気でやらないと」と人目もはばからず大粒の涙をこぼしたほどだ。

 この頃、世界ランクを決めるポイントを稼ぐため連戦に次ぐ連戦をこなしていた選手たちは明らかに疲弊し、五輪代表争いにも閉塞感が漂っていた。だが、伊藤がややリードする三つ巴の戦いは9月になると動きを見せた。

8月のブルガリアオープン、チェコオープンのツアー2連戦を終えた後に予定されていたT2ダイヤモンド第2戦中国大会(9月26~29日/海口)が中止になったことで、伊藤が期せずして約5週間の練習時間を得たのだ。その間、平野と石川はアジア選手権(9月15~22日/ジョクジャカルタ)に出場したため、伊藤だけが日本でじっくり腰を据え強化練習に取り組むことができた。

しかし、その一方で石川と平野には翌月、女子ワールドカップ(10月18~20日/成都)が控えており、ポイント獲得のチャンスで伊藤を上回った。伊藤はポイント争いで不利ではないか? そんな声も聞こえてきたが、当の本人はそうは思っていなかった。

5週間後のスウェーデンオープン、ドイツオープンの2連戦を見据え、彼女の最大の武器であるスマッシュを「どういうボールでも打てるようにして、今は4割くらいの成功率を6割、7割と上げていけるようにしたい」と、より低い弾道で強打し得点源にする練習に励んだ。

ラリーが得意な中国人選手に対し先手を取れるよう、サーブとレシーブの種類も増やした。相手の嫌がる球種や少しずつコースをずらしてミスを誘う練習も徹底的に繰り返した。これら技の習得とともに地道な基本練習もおそろかにしなかった伊藤は、「これまでで一番たくさん練習した」と自負するほど膨大な時間を練習に費やした。

 そんな伊藤の一心不乱な様子をナショナルチームの合宿で目の当たりにした日本卓球協会の、宮崎義仁強化本部長は、「一体、いつまでやるんだと驚くほど練習している。昼ごはんの時も1時間もせずに卓球場に戻って来て、誰よりも早く練習を始めている。それを支えるコーチやスパーリングパートナー、さらにはお母さんの球出しまで上手くなっている」と目を丸くする。

伊藤美誠 Photo:Itaru Chiba


チームの一員として練習はもちろん、ワールドツアーなどの国際大会に帯同し、主にメンタル面や食事のケアをする母・美乃りさんは、会場で娘の試合を見ている最中、何度も体に力が入り、眼球下の細かい血管が切れる結膜下出血を2度も起こしてしまったほどだ。絶対に五輪代表枠を勝ち取るという陣営の思いは桁外れに強かった。

 その成果は狙いどおり、スウェーデンオープンで表れた。前年に伊藤が優勝しているゲンのいい大会で連覇こそ逃したものの、準々決勝で同世代の王曼イク(世界ランク5位)、準決勝ではアジア女王で同い年のライバル孫穎莎(同3位)の中国人2選手を破り準優勝。翌週のドイツオープンでも準優勝し、五輪代表選考レースで2番手につける平野に2000ポイント以上の差をつけた。

 伊藤が上昇気流に乗った背景には平野との同級生対決に勝ったことも密かに影響していた。今シーズンのワールドツアーで2人は3回、直接対決をしている。6月の香港オープン準決勝、7月のオーストラリアオープン2回戦、そして先月のスウェーデンオープン2回戦だ。特にフルゲームの接戦を勝ち切ったスウェーデンオープンでの勝利は自信になったようだ。

スウェーデンオープン 伊藤美誠vs王曼イク PHOTO:@ITTFWorld


幼い時分から切磋琢磨してきた仲間でありライバルでもある伊藤と平野。陣営は「美宇ちゃんとの対戦に臨む時はやはり気持ちの入り方が違うようだ」と話す。それは伊藤に限らず平野も、そしてもうひとりの同級生である早田ひな(日本生命)にも共通して言えることである。

 東京2020五輪の日本代表内定選手が発表される来年1月6日までに有効なポイント数を13510ポイントに伸ばした伊藤は今シーズン、11月21日に開幕するT2ダイヤモンド第2戦とワールドツアーを締めくくるグランドファイナル(12月12~15日/鄭州)への出場を残すのみとなった。

「いつもどおり自分の実力を出し切って、どの大会でもひとつひとつ勝つことが目標。楽しんで自分らしく頑張っていきたい」と伊藤。

他方、10295ポイントで2番手の平野と10230ポイントで3番手の石川は、わずか65ポイント差で個人戦代表の残り1枠を引き続き争う。2人に残されたポイント獲得のチャンスは、伊藤も出場するT2ダイヤモンド第2戦とグランドファイナル。

その間にカナダで開かれる格下クラスのチャレンジ・プラス「ノースアメリカンオープン」<12月4~8日/マーカム>にもエントリーしており、ポイントを拾いに行く可能性が濃厚と見られる。ひりつくような代表枠争いは最後までもつれる様相だ。


(文=高樹ミナ)


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