
早田ひな 写真:アフロスポーツ
パリオリンピックの卓球競技開始からちょうど1カ月。日本卓球協会主催の「第33回オリンピック競技大会」報告会が8月27日、東京都内のホテルで開かれ、男女日本代表選手と両監督が大会を振り返り、集まった家族や関係各位に感謝を述べた。
登壇したのは女子代表の早田ひな(日本生命)、平野美宇(木下グループ)、張本美和(木下グループ)、渡辺武弘監督。
男子代表の張本智和(智和企画)、篠塚大登(愛知工業大学)、田㔟邦史監督の7人。
男子代表メンバーの戸上隼輔(井村屋グループ)はドイツのプロリーグ・ブンデスリーガの開幕戦出場のため欠席となった。
女子代表選手たちの胸に団体戦の銀メダルが光る。早田の胸にはシングルスの銅メダルと合わせ2つのメダルが輝いている。
大会中に利き腕を痛め棄権のおそれもあった早田。最も印象に残る試合は女子シングルス3位決定戦だ。
「最後、私が10-7でサーブを取って勝った後、シン・ユビン選手(韓国)が抱擁して下さって。シン・ユビン選手も腕を痛めていた中で二人とも満身創痍でプレーしていたので本当に嬉しかった」と相手選手のフェアプレー精神を讃えた。
その一方、「家族も親戚もみんな観に来てくれていて、このままメダルが取れなかったり棄権してしまうんじゃないかという気持ちもあった」と感極まる場面も。
そんな逆境にあって「自分自身が諦めなければ1パーセントでも可能性がある。そうであれば(コートに)立ち続けようと思い戦うことができた」と涙を堪えて語りながら、「4年後のロスオリンピックで金メダルを取るために突き詰めていかなきゃいけない部分はある」と先を見据えた。
パリオリンピックを戦い終えた時点で、すでに次の2028年ロサンゼルスオリンピックを目指す意向を固めていた早田。
リザーブ(控え)だった東京オリンピック以降は、わずか3年で技術と戦術を磨き世界のトップクラスに仲間入りを果たした。そして、パリ大会で見せた強靭な精神力。
そこにコンディショニング強化を図り万全の状態で大会本番に臨めれば、さらなる高みが早田を待つだろう。
その前にまずは左腕の治療だ。手術などの必要はなく保存療法で快復に務めるという。
今大会の女子メンバーの中で唯一、オリンピック2回連続出場の平野にとって特別だったのはやはりデッドヒートの代表選考レースで出場権を勝ち取った初のシングルス出場だ。
中でもゲームカウント0-3の絶体絶命からフルゲームに持ち込んだ準々決勝のシン・ユビン戦が印象に残るという。
「普段なら諦めてしまうところなんですけど、選考レースで本当にたくさんの方に支えていただいて獲得できたシングルスの切符。絶対に最後まで諦めることなくやりたいという気持ちで3-3まで追いついた。最後負けてしまって本当に悔しかったが後悔のない試合ができた」
シングルスでは目標のメダルに届かなった。だが、「1球ずつ後悔のないプレーをすることができた」と平野。
「夢の舞台でプレーすることができたのは2年間、本当に苦しい選考レースを支えて下さったチームスタッフの皆さんやサポートして下さった皆さんがいたから」と感謝を伝えた。
パリオリンピックが終わったばかりで、「(次の)目標やテーマはあまり定まっていない」と言う。
「オリンピックで戦った経験を生かして、もっともっと成長できるように一日一日努力を積み重ねていきたい」と話す平野はまず、9月9日に開幕するWTTチャンピオンズ・マカオから再び国際大会に参戦し、今後の方向性を決めていく見通しだ。
わずか16歳でパリオリンピックの卓球最年少メダリストとなった張本美和はオリンピック本番前から緊張していたとし、「団体戦で1回戦から準決勝まで2点起用していただいた。最初に言われた時は自分には無理なんじゃないかと思ったが、監督そして平野選手、早田選手、コーチが支えてくれたおかげで戦い抜くことができた」とオリンピック初出場の胸中を明かした。
その張本美和もWTTチャンピオンズ・マカオにエントリー。
パリオリンピックが終わったばかりで気の早い話ではあるが、4年後のロサンゼルスオリンピック、そして24歳で迎える2032年のブリスベンオリンピックにも自ずと期待が膨らむ。

早田ひな 写真:千葉 格/アフロ
報告会では、メダルを獲得した女子代表選手に報奨金が贈られた。
団体銀メダルに各々200万円。シングルスで銅メダルの早田にさらに300万円。女子チームを率いた渡辺監督に100万円を授与している。
また、オリンピックでは監督にメダルが用意されないため、日本卓球協会が独自に記念メダルを製作。女子選手3人が渡辺監督に首にかける微笑ましいシーンに大きな拍手が送られた。
こうした一連のセレモニーを目の当たりにし、改めて悔しい思いをしたのは男子代表の張本智和と篠塚だろう。混合ダブルス、男子シングルスおよび団体戦に出場しメダルに届かなかった張本智和はこう話す。
「1枚もメダルが取れなかったというのは正直、すごく悔しいが後悔はあまりない。あの時、あの瞬間、自分が出来る最良の選択をして最高のプレーをできたと胸を張って言えます。これからの4年間、もっと自分のプレーのスタイル、プレーの戦術を増やして4年後、最後の選択を間違えないように後悔なく努力していきたい」
17日に練習を再開したという張本は31日のTリーグ開幕戦に出場した後、9月9日開幕のWTTチャンピオンズマカオからロサンゼルスオリンピックへの道をスタートさせる。
その道程で目指すのは、より攻撃的なプレースタイル。
世界最強の中国人選手やパリオリンピックでメダルを獲得したヨーロッパ勢などに対し「張本は強い」と意識付けることが必要とし、現在9位の世界ランクを「来年の終わりまでには最低トップ3に上げたい」と意気込んだ。
団体戦要員としてオリンピック初出場を果たした篠塚は、「一番印象深かったのは大歓声。今までに感じたことがない歓声で、オリンピックで戦っているんだなと実感できたのが一番嬉しかった」と振り返る。
そして、「オリンピックは苦しい大会になってしまったが、悔しい気持ちをずっと持っていても過去は変わらない。また再スタートして頑張っていきたい」と前を向いた。
篠塚も31日のTリーグ開幕戦に出場し、WTTチャンピオンズ・マカオに向かう。
お祝いムードの女子代表とは裏腹に男子代表にはどうしても重いムードが漂った。だが、それを一蹴したのが田㔟監督だった。
「メダルという形で皆さんに恩返しをすることはできなかったが、選手たちがメダルに向かって全力で、必死になって戦う姿を見て私自身も感動しましたし、将来の希望も同時に感じた。この結果を真摯に受け止め、ロス(ロサンゼルスオリンピック)では必ずや世界を驚かすようなリベンジをしてくれるものと信じている」
結果だけ見れば女子と男子で明暗が分かれたかもしれない。だが、敗北と勝利を繰り返しながら選手たちは強くなっていく。これまでも、これからも。
激動のパリオリンピックはこれで一区切りついた。残暑厳しい日本にも気付けば鈴虫の音色が響く。熱く燃えた夏が終わりを告げようとしている。
(文=高樹ミナ)
