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監督 Director
クリスチャン・レヴリング
KRISTIAN LEVRING
1957年デンマーク生まれ。デンマークとスイスの学校に通った後、デンマーク・フィルム・アカデミーで映画の編集を学ぶ。80年にペール・ホルスト監督のコメディ“Kaptajn
Klyde og hans venner vender tilbage”の編集助手、“Udenrigskorrespondenten”(83)の編集など何本かのドキュメンタリーや映画を担当、86年に“Et
Skud fra hjertet”を監督。88年から世界中のクライアントのためにCMを監督、89年にレイフ・マグヌッソン監督作“En
Verden til forskel”の製作を担当した。そして、95年にラース・フォン・トリアー、トマス・ヴィンターベア、ソーレン・クラウ=ヤコブセンらが主宰する“ドグマ95”に参加。自らの“ドグマ”企画である『キング・イズ・アライヴ』の脚本をアナス・トーマス・イエンセンと書き上げる。本作は2000年のカンヌ国際映画祭ある視点部門に正式出品され、東京国際映画祭コンペティションに正式出品された。
製作 Producer
パトリシア・クルージャー
PATRICIA KRUIJER
ロサンジェルスで映画の仕事を始め、短編映画やスラムダンス映画祭で観客賞を受賞したマーク・フォースター監督作“Loungers”(95)などの低予算映画でプロダクション・マネージャーを務める。続いてABC/Kane放送で“アメリカ固有のスポーツ”についてのドキュメンタリー・シリーズを手がけた。プロデューサーとしては、フォックス・サーチライトによる
“The Untruly Queen”の企画開発に参加したほか、デイヴィッド・ヴェロス監督作“Permanent Midnight”の美術部門コーディネイター、1998年モントリオール映画祭でプレミア上映されたサイモン・ベイカー主演のスティーヴン・グリンバーグ監督作“Love
from Ground Zero”を共同製作している。
製作Producer
ヴィベケ・ウィンデロフ
VIBEKE WINDEL_V
商業と経営管理学の修士を持ち、1975年から映画製作の道に進む。76年にフランツ・エルンスト監督作“Den
Dobbelte mand”でプロデューサー・アシスタントを担当、ビレ・アウグスト監督作“Honning m_ne”(78)、ガブリエル・アクセル監督作“Christian”(89)などにも参加。プロデューサーとしては、ヨン・バング・カールセン監督作“En
Rig mand”(79)、ヨルゲン・レス監督作“Notater om k_rligheden”(89)、スザンヌ・ビエル監督の2作“Det
bli'r i peration Cobra”(95)などに参加。96年にアナス・トマス・イエンセンが監督した短編“Ernst
& Lyset”(96)で撮影監督。以降はロッテ・スヴェンセン監督の“Caf_ Hector”(96)、“Royal Blues”(97)、イエンセンの“Wolfgang”(98)、“Valgaften”(98)、スザンヌ・ビエール監督作“Den
Eneste ene, Den”(99)などを担当している。
ドグマ95は、1995年の春にコペンハーゲンで創立された映画監督のグループである。ドグマ95は、明白なルールを掲げることで、映画の幻想に立ち向かう。
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撮影はすべてロケで行うこと。小道具も大道具も持ち込んではいけない。
(もし特定の小道具が必要であれば、それが可能となるロケ地を探すこと) |
| 2 |
音響と映像はどちらも切り離して作ってはいけない。
(撮影時に音がない場所に音楽を使わないこと) |
| 3 |
撮影はハンディカメラで行うこと。多少のぶれや、手の固定は認める。
(映画はカメラが立っている場所で起こるのではなく、映画が起きている場所を撮影しなければならない) |
| 4 |
映画はカラーであること。人為的な照明は望ましくない。
(明かりが少なすぎて露出不足の場合は撮影を中断するか、ライトを1個だけカメラに付けること) |
| 5 |
光の補正やフィルター使用は禁じる。 |
| 6 |
映画に浅はかな行動は盛り込まない。
(殺人や兵器等は登場させない) |
| 7 |
現在の地球上に存在しないものは禁じる。
(つまり、映画は今ここで起きている) |
| 8 |
特定ジャンルのものは望ましくない。 |
| 9 |
映画の形式は、アカデミー35mm(スタンダード・サイズ)。 |
| 10 |
監督名のクレジットは載せない。 |
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