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2025年11月27日 放送
世界をにらみ沖縄の活性化も担う
オリオンビールの野望
- オリオンビール 社長 村野 一(むらの はじめ)
沖縄に根差し"県民ビール"として65年以上愛されてきたオリオンビール。しかし長年、売り上げ目標は未達成で、沖縄県外での知名度は限定的。販売も伸び悩んでいた。2019年には野村HDと外資企業に買収され、コロナショックでは大打撃を受けた。抜本的な経営改革が急務になった同社。白羽の矢が立ったのは、ソニーで海外駐在経験を長く積み、その後、様々な業種の企業改革を手掛け"立て直し経営者"として知られていた村野だった。2021年、村野は沖縄に移住し、不退転の意気込みで社長に就任。珍しい県外出身の社長となった村野は、地元社員をどう鼓舞して企業改革に挑んだのか、その軌跡を追う。
放送内容詳細
看板商品をリニューアルする大胆戦略にグッズ販売など次々と改革を断行!
村野がまず着手したのは主力商品のビールの改革。1万5千人の県民にアンケートを実施し、味やパッケージを大胆にリニューアル。また、村野はIP事業を重視。Tシャツをはじめ、バッグから小物までアイテム数を増やすとともに、他社との様々なコラボ商品も展開。グッズの流通総額は2年間で3倍の30億円に拡大した。沖縄県内では圧倒的な存在感を放つオリオンビールだが、県外での売り上げをいかに増大させるかが課題だった。業務提携しているアサヒビールの販売網を使い売り上げを伸ばしていたが、飛躍のカギを握るのは、わずか8名の広域営業チームだ。
“村野流”意識改革で社員のモチベーションを爆アゲし新商品を開発!
村野にはソニー時代、苦い思い出があった。当時最年少の31歳でソニーハンガリーの社長に就任した村野は、自らが組織など社のすべてを設計、決定権を握り目覚ましい業績をあげた。しかし村野が異動し去った後のソニーハンガリーは売り上げが低迷。村野の強い統率力が、部下を受動的にしていたことに気づく。以降、村野は社員に任せるところは任せてモチベーションを上げ、責任ももたせることを心掛けた。
ホテルを起点に沖縄本島北部を元気にする!
沖縄本島北部は大自然に恵まれているが、宿泊業など収益に結び付く産業が少なく、南部と経済格差がある。オリオンビールは北部に観光客を滞留させるべく、2014年にリゾートホテルをオープン。ビール工場のある名護では、地域の未来を担う地元の中学生に社員が講演を行うなど地道な努力も行っている。
ゲストプロフィール
村野 一
- 1962年東京都中野区出身
- 1985年ソニー入社 ハンガリーやメキシコ社長など
- 2012年リコー入社
- 2015年デアゴスティーニ・ジャパン社長
- 2018年シック・ジャパン社長
- 2021年オリオンビール社長
企業プロフィール
- 創業:1957年
- 本社:沖縄県豊見城市字豊崎1番地411
- 年商:288億6600万円(25年3月期)
- 従業員数:410名
- 主な事業:酒類清涼飲料、観光・ホテル
- 2025年9月、東証プライムに上場を果たす
オリオンは、英語だと「Orion」となり、ギリシャ神話で、「巨人の猟師で死後星座になった」という意味だ。ビールの創業は、1957年となるが、沖縄県民に長く愛され続けている。村野さんは、「人を、場を、世界を、笑顔に。」というミッションを掲げ、それに、「沖縄から、」を加えた。Tシャツも人気がある。いろいろな会社とコラボしていて、見ているだけで楽しくなる。「I LOVE BEER!」というそのままのタイトル、シンボルであるスリースター、「昭和三十二年創業」というのも、絵になる。

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