カンブリア宮殿

村上龍 × 経済人

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テレビ東京系にて放送中

テレ東BIZで配信中

202687日放送

日本最大の建築家集団
知られざる全貌

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日建設計 社長
大松 敦(おおまつ あつし)

「東京スカイツリー」「東京タワー」「東京ドーム」...日本を代表するランドマークだが、すべての設計に携わった会社の名前をご存じだろうか?その名は、日建設計。実は、1000人以上の一級建築士を擁する、日本最大の建築家集団だ。日本だけではない、サッカースペインリーグの聖地「カンプノウ」の改修コンペでは、並み居る欧米の有名建築事務所を打ち破り、見事に勝ち取った。さらに、渋谷の再開発や「グラングリーン大阪」など、街を生まれ変わらせるプロジェクトを次々に手がけている。知られざる「日建設計」の全貌に迫る。

社長の金言

都市は生き物

完成することはない

未公開インタビュー

スタジオ完全版

放送内容詳細

120年続く!「安全第一」の哲学

日建設計のルーツは1900年、住友銀行本店の建設のために生まれた臨時の「建築部」。安全性を最優先にしたその建築は、関東大震災の際、焼け野原の中で彼らが手がけた建物だけが倒壊せずに残っていたほど。その姿勢は今も変わらない。象徴とも言えるのが「東京スカイツリー」だ。中心に据えられた「心柱(しんばしら)」が、634メートルのタワーを巨大地震にも耐えられる構造にしている。

13倍の巨大テーブルと巨大椅子!?

巨大建築だけでない。日建設計は、クライアントの理想を建築で具現化するエキスパート。たとえば、浜松市にある地元の信用金庫。金融機関には珍しい全面ガラス張りで、道路から店内が丸見えの構造になっている。地域発展のため、「営業時間の15時を過ぎても街の賑わいに貢献したい」という想いから、あえてオープンなデザインにしたのだ。さらに、同じ浜松市の「うなぎパイ」で有名な春華堂の本社も手がけた。なんとダイニングテーブルと椅子をそのまま13倍に巨大化した驚きの建築。これもキャッチフレーズ「夜のお菓子」の“家族でうなぎパイを囲む団らんの場”というコンセプトを、そのまま形にしたものなのだ。

東京ミッドタウン誕生の驚き実話!?

日建設計は今、単なる建築を超えた「街づくり」でも異彩を放っている。その象徴が、六本木の旧防衛庁跡地を劇的に変貌させた「東京ミッドタウン」の巨大プロジェクトだ。当時、この大規模開発の陣頭指揮を執ったのが、現社長の大松敦。日建設計にとっては、すべてを自社で設計できる千載一遇のチャンス。ところが大松は、安藤忠雄や隈研吾といった世界的建築家、さらにはアメリカの設計事務所など、主要な建築の外装デザインを“すべて他社に委託する”という決断をしたのだ。その意味とは?

ゲストプロフィール

大松 敦

  • 1960年東京生まれ
  • 1983年東京大学 工学部建築学科 卒業/日建設計 入社
  • 2011年執行役員 プロジェクト開発部門代表
  • 2019年取締役常務執行役員 都市部門統括
  • 2021年代表取締役社長就任

企業プロフィール

  • 会社名:株式会社日建設計
  • 創業:1900年
  • 本社:東京都千代田区飯田橋2-18-3
  • 従業員数:2831人(2026年4月1日時点)
  • 売上高:約776億円

金原ひとみの編集後記

金原ひとみ

 自己主張の強い部下やコンペなど、思い通りにならないことをたくさん抱えているであろう大松さんが、どうしてそこまで穏やかさを保てるのか、不思議だった。でも、都市開発の話になり、「都市は生き物のようなもの」という言葉を聞いた時、合点がいった。
 社会貢献を掲げ、個人ではなく社会を見つめ続ける姿勢を崩さない日建設計では、きっと己のこだわりや欲望を捨てなければならないこともあるはずだ。しかし、自分が作ろうとしているものは生き物であって、思い通りにはならないのだと知っていれば、その悔しさも一味違うだろう。大松さんは誰よりもその生き物と向き合う恐ろしさを熟知し、その恐ろしさの中に喜びをも見出しているに違いない。

生き物との対峙

金原ひとみ

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日曜スペシャル ガイアの夜明け

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