絵は円山応挙の様式で描かれている。記されている年号を見ると1787年に当たるが、その当時九州にまで応挙の様式が伝わっていたということが非常に興味深い。三浦梅園は当時、その研究が難解すぎて認められなかった人物だが、死後約百年たった明治の終わりごろにやっと理解され、現在でも高く評価されている。
※当番組の鑑定結果は独自の見解に基づいたものです。 ※サイトのデータは、2010年1月放送回からのものです。
サイボーグ009の絵
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