状態も出来も良い。鎌倉時代、愛知県の瀬戸地方で焼かれたもの。鎌倉時代の武将にとって四耳壺・梅瓶・水注は三種の神器に例えられるほどのシンボルだった。最初のうちは中国南宋から輸入していたが、執権北条家の領地が瀬戸だったため、同じようなものを瀬戸で作らせるようになった。依頼品はもともと貴族の家にあったものが、戦国時代に土中に失われたものがそのまま出土したものと思われる。肩の張りが力強く、いかにも鎌倉時代。
※当番組の鑑定結果は独自の見解に基づいたものです。 ※サイトのデータは、2010年1月放送回からのものです。
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