伊賀焼ではなく、江戸時代の信楽焼きの壺。主だった粘土は信楽も伊賀も同じものを使っている。そのため焼き上がりの肌だけでそれを見極めるのは難しい。強いて言うなら土肌にちょっとぷつぷつと白い粒が吹き出しているのが信楽の大きな特徴。なぜ煎餅壺と呼ぶかは理由がはっきりしていないが、ちょっと土肌がぷくぷくっと焼けて膨らんだような感じが煎餅が焼けたところのように見えるという説や、銭壺(せんつぼ)からだんだんと煎餅壺に変わっていったという説などがある。依頼品は大変景色のよい壺。
※当番組の鑑定結果は独自の見解に基づいたものです。 ※サイトのデータは、2010年1月放送回からのものです。
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