新幹線開発と時代背景

 新幹線計画が始まる昭和30年当時、先進国において鉄道はすでに斜陽化していた。欧米先進諸国では線路が次々に剥がされ始めていたのである。
 「鉄道の黄金時代はもはや過ぎ去った。これからは自動車と航空機が主役である」
 これが世界の鉄道人、交通人の常識だった。
 当時の日本は徹底的にやられた戦争からやっと立ち直り始めたばかり。そんな東洋の敗戦国が世界中のどの国も実現出来なかった超高速鉄道を完成するとは思いもしなかっただろう。
 まだまだ「冷蔵庫、白黒テレビ、洗濯機」の三種の神器が憧れの的で、トヨタが小型乗用車トヨペットクラウンを発売。しかしまだ庶民にとって自家用車は夢とされていたような時代であった。
 また国鉄内部では下山事件、桜木町事件、紫雲丸事件など様々な事故が続き、労使問題も混乱を極めていた。莫大な予算がかかる新幹線は、世界の三バカ「ピラミッド、万里の長城、戦艦大和」に次ぐ大バカと言われていた。
 島秀雄と十河信二は、国鉄内からの反対だけでなく日本中からの反対を受ける。世界の鉄道の流れに逆行するような新幹線計画を推し進め、実現していなければ、鉄道は一部の大都市近郊交通を残し、赤字のローカル線になるか姿を消していたかもしれない。
 ひとつの意思決定が日本の鉄道を救ったのである。
 それだけでなく新幹線の成功が鉄道の先進国ヨーロッパにショックを与え、フランスのTGVやドイツのICEを生んだ。日本の新幹線が無ければヨーロッパの高速鉄道も生まれず、鉄道の旅客輸送は衰退していた。新幹線が出現したときの世界の驚きは大変なものだった。敗戦の痛手から立ち直った日本の鉄道技師が、時速160キロ以上の営業運転は、不可能であるという定説に挑戦して世界一の高速鉄道を実現したからである。
 その技術は現在台湾など世界中に広がり、Shinkansenという単語は世界の共通語となっている。


ドラマの時代背景
昭和30年 トヨタ自動車、小型乗用車トヨペットクラウン発売
三種の神器(テレビ、洗濯機、冷蔵庫)憧れの的
ヒット曲「月がとっても青いから」 菅原都々子
昭和31年 アロハ姿の太陽族出現
自民党初代総裁に鳩山一郎
ヒット曲「ここに幸あり」 大津美子
昭和32年 コカコーラ発売
有楽町そごう百貨店開店
ヒット曲「錆びたナイフ」 石原裕次郎
昭和33年 初のインスタントラーメン「チキンラーメン」発売
東京タワー完成
ヒット曲「無法松の一生」 村田秀雄
昭和34年 皇太子御結婚
伊勢湾台風
ヒット曲「黒い花びら」 水原弘
昭和35年 ダッコちゃん大流行
社会党・浅沼委員長刺殺事件
ヒット曲「誰よりも君を愛す」松尾和子 和田弘とマヒナスターズ
昭和36年 流行語「巨人・大鵬・卵焼き」
四日市ぜんそく多発
ヒット曲「上を向いて歩こう」 坂本九
昭和37年 堀江謙一さん、小型ヨットで太平洋単独横断
テレビ「てなもんや三度笠」「コンバット」流行
ヒット曲「いつでも夢を」 橋幸夫と吉永小百合
昭和38年 鉄腕アトム放送開始
ケネディ大統領暗殺
ヒット曲「高校三年生」 舟木一夫
昭和39年 東京オリンピック開催
「ひょっこりひょうたん島」放送開始
東海道新幹線開通