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2020年2月13日 放送
シリーズ企画「大失敗社長の逆転劇 第2弾」
低迷から大復活!新生・ケンタッキーの舞台裏

- 日本ケンタッキー・フライド・チキン 社長 近藤 正樹(こんどう まさき)
創業者のカーネル・サンダースが生み出した「唯一無二のフライドチキン」を武器に50年前、日本に進出した「ケンタッキー フライド チキン」。若い世代を中心に人気を博し、いまや国内1100店舗に店舗数を拡大している。実は、この世界的ブランド「ケンタッキー」が、ここ数年、苦戦を強いられてきたという。理由は、「コンビニ」や「からあげ専門店」などが台頭する"チキン戦争"にあった。そんな厳しい状況を打破した人物こそ、2014年に日本のケンタッキーのトップに就任した近藤正樹だ。実は近藤、様々な改革を打ち出し、既存店の「売上高」と「客数」を10%近く伸ばしたという。近藤は、いかにして人気ブランドを復活させたのか、その挑戦を追った!
社長の金言
- 客の期待に応えれば 必ず客は戻ってくるTweet
RYU’S EYE
座右の銘
放送内容詳細
知っているようで知らない!ケンタッキーの新戦略
去年11月にオープンした南町田のケンタッキー。実はこの店・・・「フライドチキン」はもちろん、約50種類の料理全てが好きなだけ食べられる、関東初の食べ放題の店。オープン前から200人以上が詰めかける盛況ぶりだ。実は、みんながよく知る「ケンタッキー」が、いま続々と新しい店を生み出している。例えば、チキンに合うビールが楽しめる「バル形式の店」や、全国でも数カ所でしか味わえない「限定の丼メニュー」を提供する店など、、、人知れず進化を遂げているのだ。そして同時に、これまでのケンタッキーの常識を覆す新たな戦略も打ち出している。そのキーワードこそ、、、「日常使い」。クリスマスなどの「ハレの日」に多く利用されてきたケンタッキーを社長の近藤は「普段使いしてもらう店」に変えようとしているという。「500円ランチ」や「持ち帰り専門店」など新戦略を打ち出し続ける、新生・ケンタッキーの挑戦を取材した!
きっかけは・・・ハンバーグ!?組織崩壊の危機から…「原点回帰」で復活!
“チキン戦争”のあおりを受けて、業績が低迷していたケンタッキー。そんな中、トップに就任した近藤は、新規客を増やすための策を打ち出す!それが「チキン以外の新商品」戦略だった。しかし、順調だったのは最初だけ。次第に売れなくなり、近藤肝いりの新商品戦略は結局、失敗に終わってしまう。しかも、相次ぐ新商品の投入で社内はバラバラとなり、最終的には、現場と本部の間で“責任のなすり合い”が始まったという。そんな組織崩壊の危機を、近藤はどう乗り越え、現在の業績好調に導いたのか…。その秘密こそ、近藤が打ち出した「原点回帰」の決断にあったという。方向性を見失った組織をいかにして復活させたのか?赤裸々な証言と共に当時のケンタッキーを徹底解剖。挑戦を続ける新生・ケンタッキーの再生ドキュメントに迫る!
ゲストプロフィール
近藤 正樹
- 1955年兵庫県神戸市 生まれ
- 1978年早稲田大学を卒業、「三菱商事」入社
- 1985年「コロンビア三菱商事」に出向
- 2008年「ブラジル三菱商事」社長に就任
- 2010年「三菱商事」理事に就任
- 2014年「日本ケンタッキー・フライド・チキン」社長に就任
企業プロフィール
- 社 名:日本ケンタッキー・フライド・チキン
- 本 社:神奈川県横浜市西区みなとみらい4丁目4番5号
- 設 立:1970年7月
- 店舗数:1133店(直営 305/FC 828)2019年12月末
- 従業員:約3万2000人(2019年3月現在/FCを含む)
- 全店売上高:1181億円(2019年3月期)

なじみ深いので改めて気づく人は少ないだろうが、ケンタッキー フライド チキンは、2つの点で特別だ。店頭に創業者の等身大の像がある。そんな店は他にない。そしてメニューが、ほぼチキンに限られる。カーネル・サンダースは、ケンタッキー州知事からカーネルという名誉称号を得た。全世界にビジネスを展開したが「アメリカ南部の家庭料理」からぶれることがなかった。近藤氏は「原点回帰」を打ち出した。カーネルおじさんのホスピタリティを取り戻す。どの国のものだろうが、美味しい家庭料理は、決して飽きることがない。