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2022年4月28日 放送
メード・イン・ジャパンで快進撃!
ガレージで生まれた異色メーカー

- マウスコンピューター 社長 小松 永門(こまつ ひさと)
コロナ禍で普及した在宅勤務。いまや自宅でノートパソコンを開き、テレワークするのは日常の光景となった。子供も学校の宿題をオンラインで提出。ヨガやダンスなどの習い事も自宅にいながらオンラインで受けられる。新たにパソコンを買う人が増え、2020年度はパソコンの出荷台数が過去最高を記録した。そんな中、メード・イン・ジャパンをウリに躍進しているメーカーがある。ガレージで創業という、異色メーカーの秘密に迫る。
放送内容詳細
躍進する新興メーカー「マウス」の秘密
日本のパソコン市場で“国産”をウリに躍進しているのが「マウスコンピューター」だ。長野県飯山市に工場を構え、客の注文に応じて、受注生産で一台一台製造している。徹底したアフターケアも人気の秘密だ。そんな新興PCメーカーを率いるのは、半導体で世界最大手のインテル出身、小松永門。2006年の社長就任以来、社内の大改革に取り組み、人気タレントを起用したプロモーション戦略も奏功してブランドの知名度を高めた。日本の大手メーカーが次々とパソコン事業から撤退する中、小さなメーカーがどうやって海外メーカーと戦えるほどに成長したのか?衰退が激しい日本の“ものづくり”復活へのヒントを探る。
創業はガレージ!異色メーカーはどうして生まれたのか?
マウスコンピューターの歴史は1993年、埼玉県春日部市に遡る。創業者が19歳の時、実家のガレージで自作のパソコンを作ったのが始まりだ。客から注文が入ると秋葉原へ。部品から本体ケースまで全て仕入れるためだ。それらをガレージで組み立て、客に送ったのだ。当時、大手メーカーのパソコンは1台数十万円もする高額なものばかり。格安だった自作パソコンはクチコミで評判となり、注文が殺到。1998年には自社ブランド「マウスコンピューター」を立ち上げ、秋葉原に出店した。そんなマウスがヘッドハンティングしたのが、インテルにいた小松。さらなる成長への布石を打ったのだ。
ゲストプロフィール
小松 永門
- 1964年千葉県生まれ
- 1989年千葉大学工学部卒。インテル入社
- 2005年マウスコンピューター入社
- 2006年社長就任
企業プロフィール
- 創 業:1993年
- 資本金:1億円
- 従業者数:467人

BTOとは「Build To Order」の略称で、受注生産を意味する。マウスコンピューターは、すごく若い創業者によって作られ、小松永門に引き継がれたが、BTOは守られた。守るため、創業者はM&Aを繰り返し、小松は法人向けに展開して一気に飛躍させ、サポート体制を充実させた。マウスコンピューターは、奮闘している。衰退している日本の製造業の中にあって、と言われがちだ。ただ、「日本の製造業」という括りはもう止めたほうがいいと、マウスはそう主張している。