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2010年12月16日 放送
最強のブランドを作れ!
~自己否定から新商品が生まれる~
- シヤチハタ 会長 舟橋 紳吉郎(ふなはし・しんきちろう)
会社や家庭など、生活のあらゆるシーンで使われているシヤチハタのハンコ。シヤチハタの代名詞、インクの補充なしでも5~6000回捺せる「ネーム印」は、朱肉やスタンプ台を使わない浸透印としては国内シェア8割近くを占める。もちろんシヤチハタが発明したものだ。驚くことに、誕生から43年経つネーム印は今も発色や鮮明さなど、進化を続けているという。
大正時代にスタンプ台のメーカーとして出発したシヤチハタの歴史は、"自己否定"とも言える商品開発で進化してきた。スタンプ台メーカーだったにもかかわらず、スタンプ台のいらない「ネーム印」を生み出し、さらにペーパーレス時代に対応したネーム印のいらない「電子印鑑システム」にも取り組んでいる。
素材から最終商品まですべてを自社で手がけ、時に"自己否定"も辞さずに新しい商品を開発し続けてきたシヤチハタ。「あえて今を拒否する」ことでヒット商品を生んできたシヤチハタ主義を聞く。
社長の金言
- 不安が創造の原動力Tweet
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RYU’S EYE
座右の銘
放送内容詳細
"自己否定"が大ヒット商品を生む! シヤチハタ 挑戦の歴史
1925(大正14)年、シヤチハタはスタンプ台メーカーとして出発した。使うたびにインク瓶からインクをスタンプ台に補充するのが当たり前だった時代に、シヤチハタが開発したのは、インクを補充せずに連続して押せるスタンプ台だった。開発したのは会長・紳吉郎氏の父、高次氏である。 時代は進んで昭和の高度成長期、シヤチハタの開発魂がまた発揮される。経済発展で企業の事務作業も格段に増える中、作業の合理化・機械化が求められていた。「いちいちスタンプ台を使ってハンコを押すのは手間がかかる。スタンプ台とハンコを一体化すればもっと使いやすいものになるのではないか?」、すぐに新しいハンコの開発が始まった。しかし、インクとスタンプ台を生業にしてきたシヤチハタにはゴム印を作る技術がない。この頃入社していた紳吉郎氏を中心に研究開発を重ね、ゴム印にスポンジ状の穴が開いていてインクが浸透するという仕組みを知った。様々な失敗を繰り返し、最終的に辿り着いたのは「塩」。ゴムを成型する時に塩を混ぜておき、後でお湯につけると塩が溶け、細かい穴が残るという仕組みを開発した。こうして1965年、ゴムからじわりとインクが出てくる浸透印「Xスタンパー」を発売。最初は「請求書在中」などのハンコだったが、68年にはネーム印も売り出した。 「Xスタンパー」の誕生は、それまで生業だったスタンプ台を否定することになってしまう。しかし、その自己否定をいとわない開発精神が、今も年間600万本売れる大ヒット商品を生んだ。 さらにシヤチハタは、新たな"自己否定"商品に取り組んでいる。パソコンが普及し、業務のペーパーレス化が進む中、売り込んでいるのは「電子印鑑システム」、ネーム印の否定にもなるが、時代を見据え、いち早く挑戦している。
ゲストプロフィール
舟橋 紳吉郎
- 1936年6月:創業者・舟橋高次氏の次男として名古屋市に生まれる
- 1960年明治大学経済学部卒業
- シヤチハタ工業(現シヤチハタ)入社。
- 1977年社長就任
- 2006年息子正剛氏に社長を譲り、会長に就任
企業プロフィール
- 本社所在地:愛知県名古屋市
- 売上高:171億円(連結・2010年3月期)
- 1925年:舟橋商会を創業。「萬年スタンプ台」を開発、発売
- 1941年:舟橋商会を改組し、シヤチハタ工業株式会社を設立
- 1965年:浸透印 「Xスタンパー」発売
- 1970年:大阪万博に出展 ※様々な企業パビリオンにXスタンパーの記念スタンプが置かれた。
- 1995年:電子印鑑システム「パソコン決裁」発売
舟橋さんは、収録中にわたしのメモ用の水性ペンをじっと見て、いつもそれをお使いですか、と聞いた。そんなことを聞かれたのは初めてだった。どんなときでも、商品開発のヒントを探ることを忘れないのだろう。年間400万本を売り上げ32億円を稼ぎ出す製品を持っているのに、シャチハタはずっと危機感を維持している。いや、逆に危機感こそが、会社のサバイバルを支えるのだ。

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