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2015年9月3日 放送
音楽教室で文化を育て楽器市場開拓!
ヤマハの音楽文化戦略
- ヤマハ 社長 中田 卓也(なかた たくや)
子どもの頃から、誰もがさまざまな楽器に触れて育った。そして全国の街角に、ヤマハ音楽教室があった。そもそもヤマハは「世界で唯一・最大の総合楽器メーカー」。モノづくりの力だけでなく、成長の裏には音楽教室を通じ日本の音楽文化を育ててきた企業の顔がある。〝音楽文化を育てつつ楽器を作る〟戦略は、今や新興国にも拡がっている。音にこだわってきた128年の歴史とそのビジネスの未来に迫る。
社長の金言
- 突出したものに挑み
新たな感動をTweet
-
RYU’S EYE
座右の銘
放送内容詳細
世界最大の楽器メーカーはオルガン修理から始まった
ヤマハの創業は、文明開化期の1887年に山葉寅楠(やまはとらくす)が、オルガンの修理を行ったことがきっかけ。その後生産を始めたピアノは、全国の学校に導入された。さらに山葉は、学校教育で使う楽器に注目し、縦笛や木琴などの製造に手を広げた。それが、世界でも例のない総合楽器メーカーの礎を築くことになる。楽器メーカーとして成功したものの、戦後4代目社長・川上源一は、欧米のように家庭で誰もが楽器を奏で音楽を楽しむ文化が必要と考えた。そこで、1954年にヤマハ音楽教室をはじめる。音楽文化を広めることで、楽器の需要を掘り起こす狙いだ。教室の拡大は「家庭にもピアノを」という需要に繋がり、ピアノの販売は急激に増えていく。1974年に神奈川県でピアノ騒音殺人事件が起こった。事件を契機に、ヤマハは日本の住宅事情に合わせた、音を消す「サイレントピアノ」の開発に力を注ぐ。サイレントシリーズの開発は、電子楽器分野の技術を成長させた。現在ヤマハの楽器売上高の3分の1は「電子楽器」が占めている。ヤマハの売上高は4300億円超。だが社長の中田卓也は、今危機感を持っている。「世界一の楽器メーカーだが、あくまで総合優勝。個々を見ると、必ずしも金メダルを取り切れていない!」
世界最高峰のコンサート ピアノメーカーによるもう一つの戦い
ヤマハのピアノは、金額ベースで世界一売れているが、最高級のコンサートグランドピアノでのブランド力は欧米の老舗に比べて弱い。プロが選ぶのは、アメリカのスタインウェイ。その牙城を崩すのが、ヤマハの悲願だ。その舞台が4年に1度開かれる世界的なピアノコンクール「チャイコフスキー国際コンクール」。30人を超える出場者は、ヤマハを始め4社の公式ピアノの中から、自分が演奏するピアノを選ぶ。毎回、圧倒的な数で選ばれるのがスタインウェイだ。「金メダル」を狙うヤマハは、全社を挙げてコンクールに挑む。知られざるピアノメーカーの戦いを、3週間にわたって追った。果たして何人のピアニストが、ヤマハを選ぶのか。注目の結果は。
再び新たな音楽文化を創造
ヤマハは、楽器以外にもヒット商品を生み出している。それがパソコン上で歌声を合成するソフト「ボーカロイド」。「ボーカロイド」によって初音ミクが誕生。〝音楽を作る〟文化を変えた。今では、歌詞を入力すれば、自動的に曲ができるまでに!番組オリジナル、村上龍が作詞した曲の仕上がりは?
村上龍作詞のボカロ曲を公開
ゲストプロフィール
中田 卓也
- 1958年岐阜県瑞浪市生まれ。
- ヤマハ音楽教室で学んだ後、小学校からギターを始め、中・高とバンド活動に熱中。
- 1981年慶応義塾大学法学部卒業後、日本楽器製造(現ヤマハ)入社。
- 2013年6月 社長就任
企業プロフィール
- 創業 :1887年
- 設立 :1897年
- 従業員数:19,967人
- 売上高 :4,322億円(2015年3月期決算)
ドラムを叩いたのは30数年ぶりだ。ヤマハの社長とセッション、そう思うと緊張したが、楽しかった。楽器を売るためにヤマハは音楽教室を作った、そう言われることもある。だが、わたしは、違うと思う。音楽教育のメソッドは、利益目的で確立できるような単純なものではない。まず音楽文化を広めるという理念があり、利益はそのあと自然についてきたのだ。中田さんは、フルコンサート用のピアノで「フェラーリ」を目指すと言った。市場の成熟後に高付加価値を追求する、優良企業だけに許される挑戦である。

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