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2021年8月5日 放送
突っ張り棒でスッキリ!
孫娘の大逆転劇
- 平安伸銅工業 社長 竹内 香予子(たけうち かよこ)
- 平安伸銅工業 常務 竹内 一紘(たけうち かずひろ)
コロナ禍で急拡大した"おうち整理"需要。中でも、いま注目されているのが「突っ張り棒」だ。これ1本で無駄なスペースが便利に一変する。ここ数年で市場は拡大し、様々な種類の商品が家の中で活躍している。それを支えてきたのが、日本で初めて「突っ張り棒」を開発した中小企業、平安伸銅工業だ。そこには、3代目を任された女性社長の"オワコン"からの逆転劇があった!
社長の金言
- マーケットが拡大すればみんなが繁盛するTweet
RYU’S EYE
座右の銘
放送内容詳細
簡単&便利で市場急拡大!「突っ張り棒」に人生を捧げるナニワの3代目社長
部屋のちょっとした隙間に「突っ張り棒」を取り付けるだけで、便利な収納が生まれる。そんな「突っ張り棒」の仕掛け人とも言えるのが、突っ張り棒のトップメーカー・平安伸銅工業の3代目社長、竹内香予子だ。「より多くの人に突っ張り棒の便利さを知ってほしい」と自ら「つっぱり棒博士」と名乗り、正しい使い方の情報発信を行ったり、ライバル製品の突っ張り棒の良さまで解説したりしている。その一方で、突っ張り棒の常識を覆す商品を次々と開発、売り上げは社長就任前の倍近く、38億円となった。自宅まで突っ張り棒のショールームにして人生を捧げる、3代目女性社長の経営改革とは?
発明から転落まで…“突っ張り棒ファミリー”の苦闘
平安伸銅工業の創業者、竹内の祖父・笹井達二はアイデアマンの経営者だった。アルミサッシの量産に成功すると、1975年には日本で初めて「突っ張り棒」を商品化する。瞬く間にヒット商品となったが1990年以降は競合が乱立、激しい価格戦争が起き、売り上げはピーク時の48億円から14億円に…。そんな折、新聞記者として働いていた竹内に母から「父の仕事を手伝ってくれないか」と声がかかる。竹内は経営者となり、改革に乗り出すが大きな反発を生み、何人もの社員が辞めていく。その時、竹内を救ってくれたのが、公務員として働いていた夫の一紘だった。勤めていた県庁を辞め平安伸銅工業に入社、二人三脚での経営が始まった。どん底からいかに大逆転をしたのか?知られざる物語に迫る。
ゲストプロフィール
竹内 香予子
- 1982年兵庫県 生まれ
- 2006年同志社大学卒業、産経新聞入社
- 2010年平安伸銅工業 入社、一紘と結婚
- 2015年三代目社長に就任
企業プロフィール
- 本 社:大阪府大阪市西区江戸堀1-22-17
西船場辰巳ビル4階 - 創 業:1952年
- 設 立:1977年
- 売上高:38億円
- 社員数:65名
竹内 一紘
- 1980年滋賀県 生まれ
- 2002年建設設計事務所入社
その後、滋賀県庁に転職 - 2014年平安伸銅工業 入社
古めかしい会社名だが、竹内さんは、変える気はないようだ。無自覚に祖父へのリスペクトがあるのだろう。祖父とは、ケンカばかりしていたらしい。アルミサッシを量産し、米国でシャワーカーテンを吊り下げるテンションポールを見て突っ張り棒を着想した祖父、似たもの同士だったのかも知れない。突っ張り棒は、考えてみれば、何かと何かを繋がないと機能しない。祖父の考え方という縦軸、会社のみんなやご主人という横軸、それぞれつながっている。

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