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2023年5月11日 放送
地域再生と生き残りを懸けた
長崎発!陶器商社の全貌
- 西海陶器 会長 児玉 盛介(こだま もりすけ)
長崎県北部にある人口1万4千人の波佐見町で作られる「波佐見焼」。日用食器の第2位のシェアを誇り、400年以上の歴史を持つ伝統産業として知られるが、実は20年前まで、その名は存在せず、有田焼の下請け産業にすぎなかった。そんな「波佐見」の名を世に知らしめたのが西海陶器。元々、陶器の卸商社だったが、2代目の児玉が波佐見焼を全国的に有名な焼き物とし、3代目の賢太郎が自社ブランドを立ち上げると、生産が追いつかない程の大ヒットとなる。その名は海外にも広がりAppleの公式グッズに採用されるほどに。長年、下請け産業だった波佐見はなぜ国内最高峰のブランドの一つとして名を馳せるようになったのか。親子2代にわたる地方再生ストーリーに迫る!
放送内容詳細
食卓に彩りを添える”波佐見焼”の躍進!
今、ロフトや中川政七商店などの雑貨店で人気を誇る波佐見焼。その製造は長崎県の波佐見町。そこにある観光スポットが「西の原」。約1500坪の敷地にカフェや雑貨店などが集まり、全国から年間16万人を集客する。実は「西の原」は元々、100年近くにわたって陶磁器を生産してきた製陶所の跡地。2001年に廃業したが、それを観光スポットとして再生させたのが、西海陶器だ。西海陶器は波佐見焼の製造・卸業では最大手で「波佐見」の名を全国区に押し上げた立役者。「ハサミポーセリン」などの自社ブランドを展開し、売り上げは48億円と国内の陶磁器卸売業界でも5本の指に入る名門企業だ。その知名度は国内のみならず海外でも人気を誇る。アメリカ、中国等、4カ国で波佐見焼を販売し、売り上げの40%を海外で稼ぎ出している。
「有田ブランドが使えない…」崖っぷちから掴んだ地域一体型経営!
西海陶器は1946年、児玉の父・薫が創業した陶器の卸業がはじまり。2代目の児玉の時代に海外進出を果たすなど会社は順調に成長していった。ところが2002年、牛肉の産地偽装事件が起こり地域ブランドの産地表示が厳格化されることに。そのあおりを受け、有田焼を名乗ることができなくなる。児玉は悩んだ末に、町内の窯元・商社と共に「波佐見焼」として売り出すことを決意。その頃入社したのが児玉の長男、賢太郎。留学などの経験を生かし、独自のブランドを作り徐々にその名を広めたのだ。
若者を呼び込み“多様な町”を作り出す!
観光客を呼び込もうと児玉が作った「西の原」。実は施設内で働く従業員の約半数が、町外の出身者だ。西海陶器ではカフェや雑貨店など窯業以外の産業の創出から、廃業した旅館を買い取り社員寮として格安で貸し出すなど、移住者の誘致を積極的に行っている。その取り組みは自社の社員だけでなく、町内の窯元で働く移住者に対しても同様に行っているという。その裏にある児玉の狙いとは・・・。
ゲストプロフィール
児玉 盛介
- 1950年生まれ
- 2004年長崎県陶磁器卸商業協同組合
理事長を4年間務める
人気スポット「西の原」をつくりあげた - 2021年旭日双光章を受章
企業プロフィール
- 設立:1957年1月16日
- 資本金:1億円
- 売上高:48億円(2022年)
1946年創業者が、リヤカーで陶磁器の卸売をはじめ、肥前地区一帯の焼き物商社を設立。社名には、当時近くにかけられた西海橋のように、人とモノの架け橋となりたいというのがあった。西海橋、長崎県西部に生まれ育った者には懐かしく響く。波佐見焼は、シンプルだ。華美はない。それが世界に受けた。「西の原」は児玉さんが自社で買い取って、好きなように運営している。奉仕の気持ちなんてない、社会正義をもってやっているわけではない。ただただうれしいのだそうだ。若い人が楽しそうにしているのが。

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