カンブリア宮殿

金原ひとみ×ヒャダイン 経済トークショー人

毎週木曜日1106分 ~1155
テレビ東京系にて放送中

テレ東BIZで配信中

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2023622日 放送

不屈の職人集団
新時代 ものづくりの全貌

  • 浜野製作所 社長 (はまの けいいち)

「モノづくりの駆け込み寺」と呼ばれる場所がある。スタートアップから大手企業まで、製品作りで困っている企業が相談に訪れる町工場だ。それが墨田区の浜野製作所。浜野の協力によって、画期的な製品が次々と生み出されている。実は浜野、元々はメーカーの下請けで量産部品を作っていた。さらに火事で工場が全焼したこともある。小さな町工場は、"どん底"から一体どうやって蘇ったのか?海外に仕事を奪われ、近年元気のない日本の町工場。新時代のモノづくりの姿を追った!

社長の金言

  • “誇り高い”仕事にしていく
  • 未公開インタビュー

    未公開インタビュー
  • 座右の銘

放送内容詳細

赤いジャンパーの職人集団

発売を間近に控えた電動モビリティ「ストリーモ」。開発したスタートアップが製品化で頼っているのが、墨田区にある浜野製作所だ。薄い金属板に細かい加工をする「精密板金」を得意とする町工場。赤いジャンパーを着た職人たちが、部品の製造や調達、組み立てなど様々な相談に応じてくれるのだ。そのため、日々スタートアップが訪れ、「モノづくりの駆け込み寺」と呼ばれている。浜野がスタートアップの多様なアイデアを形にできる秘密は、他の町工場とのネットワークにある。新時代のモノづくりの現場を取材した。

工場が火事で全焼!

浜野製作所は1978年、浜野の父・嘉彦が設立した。当時作っていたのは家電製品に使う金属部品。メーカーからの下請けを専門とする町工場だった。93年に父が他界すると、浜野は30歳であとを継いだ。当時はバブル崩壊直後の不景気。部品の大量生産のような仕事は人件費の安い海外へと流出していた。そこで浜野は1つあたりの注文は少ないが技術力を必要とする「多品種少量生産」へと舵を切ることに。そんな矢先、悲劇が襲った。隣家からのもらい火で自宅兼工場が全焼してしまったのだ。その時に浜野がとった驚きの行動とは?そして、いかにしてどん底から這い上がったのか?

月面探査機のタイヤ!?大手も頼りにする理由

浜野製作所には今や大手企業からも依頼がくる。その1つがタイヤの世界的大企業ブリヂストン。月面探査機に使う特別なタイヤを試作したいという。表面温度マイナス170℃という過酷な環境に耐えられるよう、オール金属のタイヤを作ろうとしていた。一方、浜野には大手からの出向者もいる。大手が下町の小さな町工場に頼るワケとは?

ゲストプロフィール

浜野 慶一

  • 1962年東京都生まれ
  • 1984年東海大学卒業
    板橋区内の精密板金メーカーに就職
  • 1993年浜野製作所社長に就任

企業プロフィール

  • 会社名:浜野製作所
  • 本 社:東京都墨田区八広4−39−7
  • 設 立:1978年
  • 資本金:2000万円
  • 社員数:約50名

村上龍の編集後記

隣家からもらい火によって工場が全焼。焼け跡から金型を掘り出して夜中まで磨くという生活を何ヶ月も続ける。同僚の金岡に「給料が払えない」すると「金じゃない、あんたと仕事がしたいからここにいるんだ」会社を建て直せたら、常日頃から社員に感謝をして、いっしょに働かせてもらう、と覚悟が決まった瞬間。今、金岡氏は専務に。他に大勢の若者が「浜野」に集まってくる。魅力は何なのだろう。浜野のオープンな雰囲気ではないか。そしてそのオープンな雰囲気は、墨田区が持つ高度な技術に支えられている。

村上龍の編集後記画像

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