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2026年2月26日 放送
日本の危機に立ち向かう
被災企業の挑戦
- アイリスオーヤマ 会長 大山 健太郎(おおやま けんたろう)
2011年3月11日に発生した東日本大震災。マグニチュード9.0という観測史上最大の地震で、2万人近くの犠牲者が出た大災害だ。あれから15年...瓦礫の山だった被災地も、交通インフラなどのハード面はほとんど回復し、街並みも元の姿を取り戻している。一方で15年という区切りをもって、国をはじめとする復興活動支援は大幅に縮小する予定だ。そんな中、今もなお復興支援に尽力している企業がある。他にはないようなアイデアで思わず「なるほど」と言ってしまう"なるほど家電"が人気のアイリスオーヤマだ。家電の他にも、収納用品を扱うホーム事業や、マスクなどのヘルスケア事業、食品事業など幅広い事業を展開。グループの売上高は8000億円に迫る勢いだ。実はアイリスオーヤマは宮城県に本社を構える被災企業。震災時に社長として現場の指揮をとったのが、現会長の大山健太郎だ。未曾有の事態にトップである大山はどう決断し、どう復興させてきたのか。震災から15年たった今もなお、未来のために被災地の課題にビジネスで挑み続けるアイリスオーヤマの取り組みを徹底取材する。
放送内容詳細
トップの決断!新ビジネスで東北復興
家電などが売りのアイリスオーヤマだが、最近人気なのがコメ。「和の輝き」という名前のコメは、他よりも少し安い5キロ3900円。しかも甘味があってモチモチしていると評判だ。実はアイリスオーヤマでは精米の際に独自の低温製法を行っている。これにより熱による劣化を防ぎ、うまみ成分を2割残すことに成功したという。アイリスオーヤマがこうした精米事業に挑戦したきっかけは、東日本大震災だった。大山は、東北の主力産業だったコメで東北復興を目指したのだ。さらに、大山は被災者が自らビジネスで成功する環境をつくるために、経営者を育てる人材育成道場も行ってきた。番組では8年前にその卒業生を取材していた。今、彼らはどうしているのか…すると、大山が蒔いたビジネスの種は、更なる成長を遂げていた。ビジネスで被災地の危機的状況に挑んできた、大山の戦略に迫る。
危機をチャンスに!火事場の馬鹿力でヒットを生む
父親の急逝により、19歳の若さでプラスチック成形の町工場を継いだ大山。当時は下請けだったため、その脱却を狙い、木製の“苗箱”を軽いプラスチック製にするアイデアで、ヒットを生み出す。売上げが倍々に上がり、新工場も立ち上げた。しかし、1973年のオイルショックが原因で大量の在庫を抱えることになり、そこから一気に倒産の危機に陥った。大勢の社員を解雇し、工場も一つ閉じた。しかし、大山はこの危機的状況があったからこそ、新たなヒット商品を生み出すことができ、生活用品のメーカーとして躍進することができたという。それは震災という未曾有の危機のときも同じだった。“「ピンチの時ほど火事場の馬鹿力で今までとは違うアイデアがでる」”という大山流生き残り術を徹底解明する。
ゲストプロフィール
大山 健太郎
- 1945年大阪府 生まれ
- 1964年大阪府立布施高校 卒業
大山ブロー工業所 父急逝のため継承 - 1971年法人化に伴い
大山ブロー株式会社 代表取締役就任 - 1991年アイリスオーヤマに社名変更
- 2018年代表取締役会長 就任
企業プロフィール
- 会社名:アイリスオーヤマ株式会社
- 創業:1971年
- 本社:宮城県仙台市青葉区五橋2-12-1
- 従業員数:グループ全体13,670名
- 売上高:グループ全体7,949億円
3回目の登場だった。2回目は「家電メーカーになったんですか?」というのが質問の中心だった。だが、LEDを開発して、その2年後に東関東大震災が起こる。震災直後、全国のホームセンターに連絡し、店頭の自社製品を買い戻す。そうしないと必要なものが入手できなかったからだ。メーカーと問屋の機能を併せ持つ「メーカーベンダー」だったというのが決め手だった。そして低温製法で精米したお米を「パックごはん」として売った。今や約8000億円の企業に成長しているが、ユーザーのためという思想に貫かれている。

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