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2014年5月1日 放送
"挑戦してこそ伝統は守られる"
老舗企業のサバイバル術!
- 柿安本店 社長 赤塚 保正(あかつか やすまさ)
デパートの地下にある人気の総菜店「柿安ダイニング」。その総菜店を展開しているのが、三重県に本社を置く「柿安本店」だ。もちろん、ただの総菜チェーン店ではない。実は、「精肉店」から「食品販売」「レストラン」「和菓子屋」など幅広い業態を展開する食の総合企業。しかも、その歴史は古く創業は明治4年。今年で143年目を迎える老舗企業なのだ。三重で始めた「牛鍋店」から全国で人を博す、食の総合企業へと変貌を遂げてきた「柿安本店」。その裏には、140年を超える歴史を守り続けるための"独自戦略"があった。「内食」「中食」「外食」を網羅することで売上高400億円以上に成長してきた老舗企業が守り続けてきたもの...それこそ柿安のトップが代々引き継いできた"常に変わり続ける"という信念にある。140年以上続く老舗企業が"老舗"になり得た本当の理由、その根源的な戦略の秘密を探る!
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RYU’S EYE
座右の銘
放送内容詳細
デパ地下の革命企業”の知られざる強さの秘密!
デパートの地下にある総菜売り場で、連日のように多くの女性客を引き寄せている「柿安ダイニング」。 客だけでなく、百貨店側からも高い信頼を得ていて“デパ地下に革命を起こした店”とまで呼ばれている。その革命と呼ばれるものが“店内厨房”。今でこそ、多くの店で見られるようになったが、実は、“本格的な店内厨房”を日本で初めて導入したのは「柿安本店」だ。良い食材を使い、ひとつひとつ丁寧に作る姿を客に見せる、この店作りで業界の常識を打ち破った。しかし、柿安の本当の強さの秘密は、この「店内厨房」だけではない。実は、「店内厨房」以外にも百貨店内に“専用厨房”を用意。多くの競合店がセントラルキッチンなどで調理したものを運び込み、店頭に並べているのに対して、百貨店内の専用厨房を用意し、プロの料理人が作るという仕組みを独自に作り出してきた。この仕組みが“手作り・出来立て”を生み出し、女性客の指示を集めてきた。業界の常識を覆しながらも拡大してきた「柿安ダイニング」。その人気の秘密とおいしさを生み出す独自手法を徹底取材した!
最大のピンチ“BSE問題”をチャンスに変えた決断
柿安本店の創業は、1871年(明治4年)。果樹園を営んでいた赤塚安次郎が江戸で流行しつつあった「牛鍋」と出会い、三重県桑名市で「牛鍋店」をオープンさせたのが始まりだ。牛の生産も手掛けるなど、肉へのおいしさにこだわり続け、成長を遂げてきた。そんな柿安に訪れた最大の危機が、、、2001年に起こった「BSE問題」だ。このBSE問題を受けて消費者の「牛肉離れ」が広がり、翌年の業績は、創業以来初の赤字に転落したという。しかし、当時社長だった、現社長(保正氏)の父である赤塚 保氏は、そんな中で従業員を一人もリストラしないと宣言。当時、実験的に展開していた「総菜店」の出店拡大を決断し、V字回復を成し遂げたのだ。根幹事業の不振という危機を“リストラ”に踏み切らずに乗り越えた柿安。そのトップの決断の真相とは…
さらなる伝統を守る為に、挑戦し続ける6代目社長
新業態を次々にオープンさせ、143年の伝統を引き継いできた柿安本店。 経営理念である「おいしい物をお値打ちに提供する」を守るべく、現社長の赤塚保正も生産者の元に自らで向いて、新たな食材探しに奔走している。 これまでもメインの牛肉は、地元・三重の生産者と共同でオリジナルブランド牛を飼育してきたが、6代目社長の赤塚保正は牛肉以外の食材にも「おいしい物をお値打ちに…」の理念を浸透させるべく全国を駆け回っている。「牛肉は自社のメインだが、それだけに縛られることはない。幅広く“おいしいお値打ち食材”を増やしていく。そうすることで柿安は進化し続けられるし、それが結果的に暖簾を守ることになる。」老舗を守るために変わり続ける柿安本店の6代目社長。その経営の真髄に迫る!
ゲストプロフィール
赤塚 保正
- 1963年三重県に生まれる
- 1987年慶應義塾大学法学部卒業、米国留学
- 1989年柿安本店に入社
- 2004年専務取締役レストラン・精肉事業本部長
- 2006年代表取締役社長に就任
企業プロフィール
- 創業:1871年
- 本社:三重県桑名市吉之丸8番地
- 売上高:425億(2014年2月期)
- 従業員数:3445人(社員1098人)
- 事業内容:精肉・食品加工・レストラン・総菜販売
「柿安」は、創業約140年という長い歴史の中、常に「ピンチをチャンスに」変えてきた。歴代のリーダーは、創業者や先代の達成から学び、受け継ぐべきところを守り、時代状況を読み取って新商品を開発し、新業態を開拓した。なぜ、そんなことが可能だったのか。その秘密は、収録中、赤塚保正さんの言葉で、ようやく明らかになった。創業者の赤塚安二郎は、「江戸で見た牛鍋を桑名ではじめた」ということだったが、違った。「牛鍋を食べるために」わざわざ江戸まで行ったのだ。生半可な旅ではなかっただろう。そういった「旅」を、「柿安」は継続してきた。強烈な好奇心、冒険心、実行力が、「柿安」の経営に、今なお脈々と息づいている。

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