きょーくん&きょーちゃんのノーコンキッド必勝法

国内史上初、ゲームをテーマにしたドラマ『ノーコン・キッド』では、毎週ゲームマニアなら「おっ!」と思わせる仕掛けをたくさん取り入れています。「でも、そんなにゲーム詳しくないからよくわかんないな……」という方のために、『ノーコン・キッド』を256倍楽しく見るための必勝法をマスコット・キャラクターの「きょーちゃん」が教えてくれるコーナーです!

キーワード

「マイコンBASICマガジン」

通称『ベーマガ』。キッドが「僕は工業系の大学に入って、コンピュータ・プログラマになります」と宣言するシーンでチラっと登場する、かつて実在していたパソコン雑誌。電波新聞社刊。若者向け説明をしておこう。プログラムを入れることでパソコンは動作するが、昔のパソコンはそのプログラムが雑誌に掲載できるほどのサイズで簡単なゲームが遊べたため、それを集めた雑誌というものが存在した。『ベーマガ』はその代表的なもののひとつ。1982年創刊(それまでは別雑誌の付録)、2003年休刊。1983年11月号からアーケードゲームなどの情報をまとめた『スーパーソフトマガジン』が別冊付録となり、パソコンユーザーからアーケードゲーマーまで広く支持される本となった。現在ゲームの現場で活躍している人々も、この本を読んで育った人が多いはず。

『パックマン』の安全地帯

今回鬼塚が「この安全地帯にいれば、絶対に襲われない」と話しているが、実際には「絶対」ということはなく、ゲーム基板の出荷時期など、さまざまな要因でゴーストが侵入してくることがある。『パックマン』に登場する4種類のゴーストには性格付けがあることが有名だが、これを実現するために敵の行動パターンが設定されており、安全地帯はこの穴をついたもの。あのシーンの場所にパックマンをいいタイミングで導くと、ゴーストたちがパックマンを見失ってしまい、襲われにくくなるのである。

第三話は1985年のはずなのになぜ『パックマン』なのか、というのは日誌で雅史が語っているように、おそらく廃業した店から台ごと引き取ったものであり、そこに『パックマン』大好き鬼塚君がやり込み始めたから、と推測される。

「テクノカット」

高野の憧れる鬼塚先輩が、もみあげをまっすぐに剃り襟足を刈り上げていた髪型のこと。80年代にYMOがしていたことから流行し「テクノカット」と呼ばれるようになる。

「ピチカート・ファイヴ」

小西康晴らによって84年に結成された音楽ユニット。高野が歌う「オードリィ・ヘプバーン・コンプレックス」はデビュー曲。プロデュースしたのはYMOの細野晴臣。当時のボーカル、佐々木麻美子の囁くような歌声は、後の相対性理論などにも繋がるウィスパーボイス系の元祖。

「ハウンド・ドック」

76年に結成されたロックバンド。高野の姉、京子が鬼塚とデートした。京子が好きな「ff(フォルティシモ)」は85年に発売され、後に彼らの代表曲となる。ボーカルの大友康平は埼玉県出身。当時の埼玉では、テクノより彼らのようなロックバンドが人気の主流だった。

「尾崎豊」

83年「15の夜」でデビューしたロックミュージシャン。80年代から90年代の若者にとってカリスマ的な人気をほこる。85年は後に代表曲となる「卒業」をリリース。東京出身だが、当時の歌が埼玉県朝霞市で過ごした学生時代に生まれたことから、当時、京子が言うように埼玉のスターとあつかわれた。

「教授」

YMOの坂本龍一が、東京藝術大学の大学院生だったことから同じくYMOの高橋幸宏がつけたと言われる愛称。高野や鬼塚のような当時のテクノファンにとって教授といえば坂本龍一のことだが、ロックの好きな京子にわからないのも当然だった。

「ピテカントロプス・エレクトス」

82年12月に原宿にオープンした日本で最初期に誕生したクラブ(京子がおじさんの行くところと勘違いしたのも当然)。YMOのアルバムにも参加したスネークマンショーで知られる桑原茂一がプロデュース。現実には、84年7月に閉店しているので、鬼塚と高野が85年に行くことは出来ないのだが、そこは80年代を代表する伝説のサブカル発信地であるクラブを高野に体験してほしかったという願望です。この夜の経験が、彼女の人生にとって後に大きな影響をあたえていくことになります。

「プラスチックス」

76年に結成されたロックバンドでありながら、テクノの方法論を導入した画期的な存在。後にメジャーフォースを誕生させる中西俊夫、グラフィックデザイナーとしても活躍する立花ハジメ、そして当時のテクノ好き少女にとってカリスマ的な人気を獲得しファッションブランドを立ち上げるチカも在籍。ただし現実には81年に解散しているので、鬼塚と高野が85年にライヴをみることは出来ない。しかし、80年代を駆け抜けたロックとテクノとファッションとデザインを融合した彼らのライヴを高野が体験することで彼女の未来に可能性をあたえる為、あえてピテカンに登場してもらいました。ちなみに現実のピテカンでは、中西とチカが在籍したメロンというユニットが月末土曜にレギュラーで登場していた。

「DEVO」

74年にアメリカで結成されたロックバンド。美大生だったマーク・マザーズボウとジェラルド・V・キャセールによって、デザインやファッションなどの表現を音楽に導入した先鋭的な存在。当時、プラスチックスと同時代性をもった存在として知られた。デビューアルバム「頽廃的美学論」で、ストーンズの名曲「サティスファクション」をテクノの方法論でカバーしたことでも知られる。ある意味、リミックスの原型的な楽曲。ちなみに現実では、高野と鬼塚の会話にあるようにプラスチックスとは(当時から交流関係は深かったが)共演はしていない。当時のファン、鬼塚の願望である。

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