勝村コラム

2019年7月14日(日) 教える学ぶ

「教える」立場は、普通そう考えられているのとは逆に、けっして優位にあるのではない。むしろ、それは逆に、「学ぶ」側の合意を必要とし、その恣意に従属せざるをえない弱い立場だというべきである。

柄谷行人さんの探求1から。

もう、これを自分でいろいろ考えていただければ書くことないんだけどね。どうしたもんか?

教育ってのは、本当に難しい。日本の教育は、今でも基本的に軍国主義が垣間見れる。もちろん、いい面もある。以前書いたような気がするけど、おりの姉貴のような存在の兵藤ゆきさんは、ニューヨークに住んでいる。

息子の太朗くんが小学生の頃に、太朗くんが通うニューヨークの学校に遊びに行ったことがある。ちょうど、「パスタナイト」みたいなイベントだったと思う。

子供たちが、教室を喫茶店のようなお店にして、パスタやドリンクを作り、お父さんお母さんがお金を払って食べにくる。んで、稼いだお金はどこかに寄付をする。社会勉強の一環なのだ。

なんかそんな感じのイベント。(雑だね。笑っ)

お母さんたちに混ざって、白いワイシャツとジーンズのおじいさんが、一人楽しそうに話している。ゆき姉が「あれ誰だかわかる?」と聞いてきた。「おじいさん」と小ボケをかましたかどうかは忘れたけど、「校長先生だよ」と教えてくれた。

衝撃だった。

今はどうかはわからないが、10数年前に、お母さんたちが、子供の通う小学校の校長先生とタメ口で話している。

和やかに、楽しそうに。おりの知っている日本の教育では考えられなかった。そのニューヨークの学校での出来事すべては、日本の公立の学校教育を受けたおりには、本当に驚くことばかりで、まさにカルチャーショックだった。

もちろん、ゆるすぎる面もあると、ゆき姉は言ってた。だから、空手を習っているニューヨークの子供は、上下関係などがしっかりしていて、先生たちから評判がいいそうだ。

太朗くんが夏休みの時は、帰国してゆき姉とうちに泊まっていた。太朗くんに日本語や、文化を学ばせるために、ゆき姉は太朗くんを日本の学校にも通わせた。日本とは夏休みの時期が違うので、うちの近所の日本の小学校に短期のサマースクールのような形で通った。

ニューヨークの小学校と、日本の小学校のあまりにも違う「教育の在り方」に驚いた太朗くんは、先生に質問した。

先生

朝礼の時に、どうして背の順で並ばせるの?
背の小さな子は、コンプレックスを持つよ。

先生はどうして子供たちに命令するの?先生たちはどうして威張るの?

お昼ご飯をどうして12時に食べさせてくれないの?みんなお腹が空いているよ。

などなど。

びっくりするでしょ?考えたこともなかったでしょ?他にもたくさんの疑問を先生に投げかけた。そんな疑問、日本人には浮かばない。だからもちろん、日本の学校の先生は何も答えられない。

そんな質問、想定外だから。いい悪いではない。生まれは日本でも、ニューヨークで育った子供が体験した、「個人的違和感」。本当にいろいろ考えさせられた。学ぶ人がいて、いや、いるから、教える人がいる。教える人が上ではないのだ。

今回のブレインは、小林よしひささん。

よしお兄さんである。よしお兄さんは、誰からも愛されている。よしお兄さんは、長い年月をかけた体験で「教える学ぶ」という基本原理を理解したのだろう。

杉山愛さんとお母様の、「教える学ぶ」の関係。
サカママの、子供とママの「教える学ぶ」の関係。

番組に来ていただいたブレインは、その「教える学ぶ」の関係が見事である。最近は、親子の痛ましいニュースが頻繁に流れている。教える立場の親が、完全に子供の上に立って、強制して矯正してしまう。

子供を自分の所有物だと思ってしまう。親と同じことを、大人と同じことを、子供が出来ると思ってしまう。自分の子供だからというだけの理由で、激しく、厳しく、教育?してしまう。

反対に、子供を甘やかし過ぎても、子供は歪んでしまうこともある。難しい。正解はない。教える立場の人は、教えながら、同時に学ぶことが必要なのだろう。

今回は、バディスポーツ幼稚園のスポーツ教育を見せていただいた。このスポーツ幼稚園から、これからもたくさんのアスリートが誕生するのは間違いないでしょう。

この番組で、以前ブラジルのコリンチャンスのスポーツクラブを取材させていただいたことがある。その時も書いたが、いろいろなスポーツをすることに壁がないのだ。水泳を楽しんだ会員が、そのままバスケをやり、そのあとテニスをやり、ご飯を食べたあとにボードゲームをやり、もちろんサッカーもやる。

日本のスポーツセンターなどは、体育館でも、グランドでも、個人や個人的な団体が、時間で予約をして使用する。おりのチームも、日本が始めて出場した、1998年のフランスワールドカップの年から、21年間、毎週、同じ曜日、同じ時間で借り続けているが、他のスポーツの団体と関わったことはない。

時間が終わったら、そのまま帰る。

バスケをやった人がそのままサッカーやったり、サッカーをやった人が、そのままテニスを楽しんだりすることは、基本的にない。コリンチャンスのスポーツクラブが、本当にうらやましかった。

海外の選手では、複数のスポーツを楽しむ人が多い。今、全英テニスが開催されているが、ウィンブルドンで五連覇を達成した最強のレジェンド、スウェーデンのビヨン・ボルグも、テニスの他にアイスホッケーをやっていた。

体操の白井君も、トランポリンをやっていた。元代表の福西君も、体操をやってた。みんなそれぞれのスポーツの特徴を、最大限に引き出して、頂点に登りつめた。

スポーツ同士の壁がなくなって、もっともっと自由に、いろいろなスポーツを楽しんで能力を伸ばすことが出来れば、複雑な強度を持ったいろいろなジャンルのスポーツ選手が出てくるかもしれない。

もちろん、一つの競技を突き詰めて、大成する選手もたくさんいる。

正解はない。

今の世の中の流れでは、昔のような選手の育て方はできない。甘やかすことに慣れていない、教える人。甘えることにすぐに慣れてしまう、学ぶ人。世界はどんどん変わっていく。

プチ鎖国の日本も、世界を他人事のようにみて、不思議な変わり方をしていく。ガラパゴス。日本は世界の中心ではない。

世界から見れば、極めて東、極東にある、不思議な島国なのだ。だが、日本が世界に誇れるものがたくさんある。

試合の後に、ゴミを片付けるサポーター。
落とした財布が見つかる。
自動販売機が24時間作動できる。
女性が夜中に一人歩きできる。

他にもたくさんある。それは、日本の教育のレベルの高さの裏返しである。そんな教育をどこで習ったのか?学校?もちろん。

しかし、日本の素晴らしい教育は、学校だけでなく、親であり、交番であり、地域などの総合的な教育の賜物である。だが、欠点や弱点もたくさんある。柄谷行人さんの言葉は難しい。おりには10分の1も理解できない。だが、いつでも、頭の中のどこかにある。

人が見失ってはいけない、大切な本質だからだ。その本質とは、歴史であり、他者とのかかわりなのだ。人は生きるために、何かを享受する。そして、矜持を獲得する。日本人としての矜持。人間としての矜持。

教育の最終的にたどり着く先は、矜持という高くそびえ立つ山の頂なのだろう。

そしてその場所にたどり着くための教育者、教える人が「弱い立場」だということを、決して忘れてはならない。
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