勝村コラム

2019年4月28日(日) ホペイロ

黒澤明監督の名作の一つ

「生きる」

市役所に勤める、情熱をなくし死んだように生きる中年男性が、癌を患い、やけになるが、部下の若い女性の奔放な生き方と情熱に影響され、死を覚悟して生に目覚める。まぁ、大雑把なあらすじで申し訳ないが、素晴らしい映画である。

黒澤映画で、三船敏郎さんの出ていない、珍しい、心温まる、素晴らしい作品である。ブランコに乗り、ゴンドラの唄を歌う姿は、涙無くしては観ることができない、名優・志村喬さんの代表作である。

生と死。

両方で人間が成立する。なんて重い冒頭だが、今回のブレインは、FC東京のホペイロ、山川幸則さん。Jリーグが始まってから、ホペイロという職業はかなり有名になった。それまでホペイロのことは、ほとんどの日本人は誰も知らなかった。

補足しておくと、キング・カズがブラジルから当たり前のように連れてきた大切なスタッフ。用具係。日本で初めてのホペイロ、ルイス・ベゼーハ・ダ・シルバ。日本で初めてのホペイロが、読売クラブに登場した。

キングはプロとして、戦うために必要なすべての要素がわかっていた日本人だ。そのベゼーハさんに師事したのが、日本初のホペイロで、現在は京都パープルサンガで活躍している松浦紀典ちゃん。まっちゃんだ。まっちゃんと私は、読売クラブのOBチームのチームメイトだった。

当時はホペイロを目指しているなんて聞いていなかったので、数年後に再会して驚いた。今回、とても印象的だったのが、鷲見アナが、ホペイロを用具係と説明すると、なんと!失礼な言葉だと思っていたことだ。確かに、用具係という言葉は、なんかさえない。

選手より上には思えない。普通の日本人が、なんとなく想像するのが、小学校の頃の、用務員さんみたいなことなのだろう。

学校周りのことを、いろいろお世話してくれているが、先生でもなし、なんか尊敬するわけでもなし、いわゆる、下働き的な、横溝正史のドラマに出てくる、地方の大地主の家で働いていて、必ず犯人っぽい、謎の人みたいな存在。いわゆる、縁の下の力持ち。そんな雰囲気でとらえていたのだろう。

だが、サッカーを知っている人間は、ホペイロが、用具係が、どれほど大事な仕事かということをよく理解している。選手が最高のパフォーマンスを発揮できるように、一人一人の癖を理解して、スパイクのコンディションを整え、ミリ単位でスパイクの裏を削ったりするのだ。

私はまっちゃんと友達なので、こんな素人の私のスパイクのコンディションも整えてくれたうえに、新しくつけてくれたインソールの裏に、ポルトガル語で、幸運を!なんて書いてくれてたりする。

試合前、スパイクを履くときにそんな言葉を発見すると、テンションが上がり、気合いが入る。

「まっちゃん、ありがと。今日はまっちゃんのために絶対点を決めたるかんな!」なんて気持ちになる。ホペイロは、そんなことを毎試合毎試合行っているのだ。

まっちゃんはそのほかにも、固定式のスパイクに取り替え式のポイントをつけて、ハイブリットスパイクを作りあげたりしている。海外のピッチと日本のピッチは全然違うのだ。日本のピッチに慣れた選手は、海外のピッチに戸惑うらしい。

プレミアムリーグで活躍している吉田麻也くんや、各国で活躍し続けている本田圭佑くんも、まっちゃんにスパイクを任せている。もちろんキングも。キングの特別な思い出のスパイクを、まっちゃんが預かっている。それだけで、ホペイロの凄さを理解していただけるのでしょう。

んで、そのレジェンドのまっちゃんを敬愛する山川くんの経歴も変わっている。驚くほどに。山川くんも、素晴らしいホペイロだ。番組の最後に、変態と褒めた。

いい意味での変態が、最高位にたどり着くのだ。山川くんも、用具のことしか、選手のことしか考えていない。ホペイロになるために生まれてきたのだ。

どうすれば、選手が気持ちよく試合に臨めるか、どうすれば選手が気持ちよくプレーできるような用具に仕上げられるか。そのことしか考えていない。最高の変態である。山川くんも、もともとスパイクの手入れが好きだったそうだ。

そんな山川くんはホペイロになる前は、ピンボールのボールのように、いろんなものにぶつかりながら、スペインのレアル・オビエドにたどり着く。私がリーガ・エスパニョールを観ていた頃は、プリメーラで活躍していたチームである。

今回、山川くんの話で、泣きそうになった言葉がある。

山川くんが、ツテがないので、勝手に球拾いとかをし始めて、サポーターがなんとかしてやれと声をあげてくれたことで、なんとなくクラブの一員になれたそうだ。

ホペイロ見習い。

昔、ドリフの見習いで、すわ親治さんという人がいた。どうでもいいね。オビエドのホペイロが、全力で球拾いをしていた山川さんに怒って言った言葉だ。

「人生を楽しめ。全力で球拾いをする必要はない。」

今も私の心に突き刺さっている。これが、日本と世界の差であると確信した。どうしようもない。先日、俳優仲間といつもの食事会をした。仲間の一人が、悩みを打ち明けた。誰にも理解できない、難しい悩みだった。

先輩も数人いたが、私は、山川くんの師匠のレアル・オビエドのホペイロの言葉を伝えた。日本を代表する名優たちの前でだ。スペインのホペイロがこんなことを言ってたんだよと。

「人生を楽しめ。全力で球拾いをする必要はない。」

その場が静まった。役者にしかわからない静寂だった。悩みを打ち明けた仲間は、突然涙を流した。みんなの心にも、ホペイロの言葉が刺さった。あたたかく、やさしい静寂だった。どんな職業でも、みんな一番になりたいと思って一生懸命になる。

一番は一人しかなれない。一番になったら、落ちていくだけである。みんなそこを目指すのに、希望が叶った瞬間から、落ちていくだけである。

泣き始めた仲間は、少し泣いた後笑顔になった。志村喬さんも、死を悟った瞬間から「生を」生きる喜びを感じる。僕らは、日本人は、人生を楽しめているのだろうか?

そんな答えも、スペイン人のホペイロは見事に整えてくれる。ホペイロは、選手が活躍している時には選手を見つめ、選手が仕事を終えると、夜を徹して働き始める。他の人とは、静と動か逆転しているのだ。

選手が休息の時に、ホペイロの戦いが始まる。それが、チームの強さなのだ。ホペイロなくして、ワールドカップの優勝はありえない。
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