勝村コラム

2019年7月 2日(火) 肛門期

何度も書いたり言ったりしているが、おりのこの世界の父親的存在だった、名優の原田芳雄。芳雄の家(さんはつけないんだよ)で、しょっちゅう飲んだ。

みんなで飲んでいると、しょうもない話ししかしない。年に数回しか生産的な話しはない。いや、生産的な話しはしたことないかもしれない。笑っ

電動車椅子サッカーの回でも書いた、奥野や、バクチクのベースのユータ、松尾貴史ちゃん、金山一彦ちゃん、杉本哲太ちゃん、キングオブパンク・スタークラブヒカゲ、ドラムの麿ちゃん、亡くなった川村カオリ、芳雄の息子の喧太。こんなメンバーが、いつも集まって、しょうもない話しばかりしてた。

5歳児みたいな会話しかしない時もあった。というか、そんな会話ばかりだった気がする。そんな時に芳雄は必ず、「男ってのはな、生涯肛門期を抜けられないんだよ」って笑っていた。

芳雄は元々演劇人だった。何故、肛門期というワードを使っていたのか?

いつもの仲間たちは、ベロベロで、ヘラヘラと笑っていたが、おりは芳雄の肛門期というワードを、しっかりと受け止めていた。気がする。その理由を、今からウィキくんが説明してくれる。

フロイトはある時期に小児性欲が肛門を中心とすると考えた。子供は排便を意識し、コントロールの方法を教えられ、適切なときと場所でトイレに行くという「トイレットトレーニング(排泄訓練)」が可能になる。時期については諸説あるが、おおむね2歳から4歳頃までとされる。この時期の子供には自己中心的、情動的な傾向が強い。そのため自分の欲求を即座に満たそうとする場合がままある。何も教育しなければ、どこでもうんちをしてしまう子供であるが、排泄という肉体的反応を適切に行なえるようになることで、性格や自己規律に対して何らかの影響があるとされる。

親は、この時期の子供に対して規則正しく衛生的に排便するように教育することが求められる。そうした親からの働きかけが社会的圧力となり、「適切な排泄行為をしなければならない」という規律と、「母親の要望にこたえられた」という達成感や充実感を得る。このような教育が子供に徐々に適切な排便を身に付けさせていく。

子供は排便のタイミングを自分で判断するようになると、「自信」や「ものを諦める能力」や「我慢する能力」が発達し、自律のための重要な一歩を踏み出す。ただし、この時期の肛門を自分の意思で自由にコントロールできる感覚をしっかりと身に付けなければ、子供のパーソナリティにさまざまな問題が生じる可能性があると言われる。

トイレットトレーニングの過剰と失敗は子供のパーソナリティに様々な影響を与える。

例えば、トイレに無理矢理行かせたり、過度にタイミングや清潔さに厳しすぎると、ものを捨てるのを嫌がるようになったりする。ためこみ屋でけちな性格になることがある。これは過度なトイレットトレーニングが子供に自分のうんちを溜め込みすぎるのを良しとするため、とフロイトは考えた。

肛門期固着は小児性愛の源泉となるともフロイトは考えた。子供はうんちを幼児やお金に象徴交換して、それを代わりに手に入れたり溜め込んだりするような傾向があると指摘している。

逆にしつけを疎かにすると、子供はいつでも排便する事が良い事だと思い、お金を湯水のごとく使ったり、不潔のままになったりと、整理する事を学ばなくなってしまう、とフロイトは考えた。

芸術との関連も指摘されている。肛門期は自分の体内の一部であるうんちを作って対外に排出するという活動を象徴していると言われ、それは創造的活動などと比較される。また汚いものを排出することとの関連で妄想症が考えられたりもしている。


ありがとうウィキくん。

完璧なコピペ。
嘘偽りのないコピペ。

諸事情があって、コピペの文章がカットされてたらごみんなさい。

ウィキで肛門期を調べて。おわかりかな?

肛門期の奥深さを。

排泄が、幼少期のパーソナリティーを、いや、人間のパーソナリティーを、すでに形成しているのだよ。考えてみたら、娘が小さな頃に買った絵本に、絵・山脇恭さん、作・はたこうしろうさんの素晴らしい「うんたろうさん」があった。

親娘でよく読んだ。ウンチくんについて、親娘で話し合った。少し前に話題になった、累計400万部を超える「うんこドリル」シリーズ。世の中ウンチくんが大好きなんだな。潜在的に。

そして、その排泄されたウンチくんにも、たくさんの情報が詰まっていることも、世の中に浸透しつつある。その研究を、分野の違うレジェンドがトップランナーとして走り続いている。

今回のブレイン、何度も出演してくださって、ウンチくんの重要性を語ってくれていて、レッズのレジェンドで、元日本代表で、オシムジャパンのキーパーソンであり、奥様は女優の畑野ひろ子さんで、従兄弟にはサッカー選手のって、長いわ!

まだまだ肩書きが長く続くので、省略させていただきますが、今回のブレインは、鈴木啓太さん。短っ!

レッズでも、代表でも水を運び続けた男が、引退してから注目したのは、ウンチさんだった。ウンチを運ぶ男になったと書こうとしたが、失礼かなと思ってやめました。(書いとる!)

周りが観れる選手はいい選手である。さらに言えば、周りのどこを観て、その時にどんな判断を下すのか?

そして、その先の先を想像し、常にゴールへの逆算が出来る選手。そんな選手は、そうそういない。ボールを受けて、パスを出す。

ご飯を食べて、ウンチ出す。大切なのは、出した後なのだ。どんな角度でウンチを考えるのか?

以前、現在ガンバ大阪の監督の宮本恒靖さんの回のコラムに書いた気がするが、ドクトルと呼ばれた、伝説のセレソンのソクラテス。ソクラテスの目線の先には、サッカーの技術はもちろん、それ以外の意外な角度でインスパイアされた創造性。

おりが、日本のドクトルと名付けた宮本監督もしかり。通常では考えられない角度で、物事を観て判断する人々。そんなアスリートも、サッカーからウンチくんへ行き着く仲間が出てくるとは、思いもしなかったのではないだろうか。

鈴木啓太さんは、たくさんのアスリートのウンチくんを集めている。どんなスポーツをやっているのか、わかる日が来るらしい。将来的には、ウンチくんを調べれば、誰のウンチくんかがわかる時が来るかもしれない。

なんとまぁ、油断ができない時代になってきたんだろう。無責任ではいられない。警察は犯人の指紋を調べた。今は、DNAを調べる。

未来の警察はウンチくんを調べる可能性もある。(ないわ!)

昔の泥棒は、盗んだ家にウンチくんをしたそうだ。(だからなんだ)

おりは考える。ようやく人間のインフラが整備されてきたと言ってもいいのかもしれないと。教育が行き届いていないと、最後まで責任を持たない。ゴミの問題は、永遠である。

今、プラスティックゴミをようやく無くすムーブメントが起きている。原発の問題も同じ。やはり、責任を持って、最後の廃棄まで考えなければならない。未来を見据えて。負の遺産を考える時なのだ。

以前、アフリカのマリに行った時に、昼ごはんをみんなで食べたゴミを、マリのスタッフが、道路の横に投げ捨てていた。ゴミ箱はないし、ゴミをゴミ箱に捨てるという感覚もなかった。(今はわからないけど)

10人くらいの昼ごはんのゴミだから、かなりの量である。まだまだこの先も、様々なカテゴリーの国で同じことを繰り返す。先進国では、廃棄する食べ物が問題になっている。

鈴木啓太さんの活動は、そんなことまで考えているのではないかと勘ぐってしまう。窮屈になり過ぎても、つまらなくなる。

生き物は、なにかを吸収して、なにかを排出する。鈴木啓太さんは、肛門期を抜けられない、うんたろうさんである。こんな重要な役割を、サッカー界のレジェンドのうんたろうさんは、現役時代と変わらずに、軽やかに、爽やかに、果たしていくのだろう。

番組でも、うんたろうさんの活動を見続けなければいけない。うんたろうさんが水を運び続けたピッチには、たくさんの芽が出て、実を結び、常に大きな収穫があったのだから。

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