勝村コラム

2019年4月14日(日) 恐るべし!電動車椅子

私の親友は、1990年に解散したロックバンド「rogue」のボーカル奥野敦士。奥野は、2008年に事故で半身不随になり、電動車椅子の生活になる。テレビの番組にいろいろ出てたから、知っている人もいるかと思います。

突然の事故。

奥野は目が覚めたら病院のベッドだった。違和感を感じた。首から下が動かなかったからだ。奥野は現実を受け入れることができなかった。それは、周りの私たちも同じだった。現実を受け入れることができなかった。

以前は電動車椅子に乗っている人を見かけたら、あまり目を合わせてはいけないと思っていた。だが、同じ年の親友が、突然、生涯、電動車椅子に乗ることになった。群馬の施設に入っているので、頻繁に会うことはない。施設に会いに行くと、懸命にリハビリをしていた。リハビリしている姿を見ているだけで、目頭が熱くなった。

現実とは思えなかった。夢なら覚めて欲しかった。普通に話しはできるので、身体のことや、リハビリのことをたくさん話す奥野を、ただ黙って見ているしかなかった。

大きな声が出せないとか。深い呼吸ができないとか。ずっと座っていると目が回ってしまうとか。ずっと寝ていると床ずれになって、大変なことになるとか。

他にもたくさんありすぎて、聞いているだけで涙が溢れてくる。

数ヶ月経ち、左手の人差し指しか動かなかった奥野は、リハビリの成果で可動範囲が広がっていた。元々、PCが使えたので、指が動けば世界とつながることが出来た。奥野がもしPCが使えなかったらと考えると、背筋が寒くなる。

奥野に笑顔が戻ってきた。そして私は、障害を持つ人たち、電動車椅子に乗る人たちのことが、少し理解できるようになった。今回のブレインは、映画評論家の柳下毅一郎さん。

電動車椅子サッカーの日本代表のドキュメンタリー映画、「蹴る」を監督した中村和彦さん。事前に映画を観せていただいた。最後まで目が離せなかった。よくある表現で申し訳ないが、凄すぎてそれ以上の感想が出てこない。

凄すぎて頭の中で整理できなかった。完全なるアスリートのドキュメンタリー映画だったからだ。電動車椅子で生活している人たちが、サッカーをやっているなんて、想像もしていなかった。奥野を見て、電動車椅子の人たちがわかったような気になっていた自分を恥じた

電動車椅子に乗る人たちとアスリートは、まったく結びつかないと思っていた自分を恥じた。とにかく、たくさんの人に観ていただきたい。北澤キーちゃんも出演しているのだが、主人公の永岡真理さんとキーちゃんが、日本代表に選ばれたアスリート同士、同じレベルでサッカーの話をしている。

まったく同じ痛みを共有していた。

日本代表を外された屈辱は、日本代表に選ばれたアスリートにしかわからない。訓練を重ねて、頂きに登った人間にしかわからない屈辱。何度も書くが、たくさんの人にこの映画を観ていただきたい。

そして、電動車椅子に乗る人たちのことを、たくさんの人に理解していただきたい。私はずっと、電動車椅子に乗る人たちを、かわいそうだと思いこんでいた。確かに、大変であることには変わりない。数年前、ミスチルの桜井君から連絡があった。

何度も一緒にサッカーをやってきたサカ友である。

勝村さん、奥野さん知っているんですか?」

「うん。なんで?」

「rogueの歌が歌いたくて、奥野さん探していたんですけど、連絡先がわからなくて、ずっと探していたら、事故のことを知って、ユーチューブで奥野さんの画像を見ていたら、リハビリでカラオケを歌っている奥野さんの後ろに、勝村さんが写っていたんです。笑っ」

桜井くんに事情を説明して、連絡先を教えた。桜井くんは、ライブで奥野の曲を歌ってくれた。そして。奥野をステージに上げてくれた。桜井くんは、アーティストとしても、人間としても、最高である。人間にとして最高だから、あんな素敵な曲が作れるのだろう。

奥野は事故の後、離婚した。誰にも罪はない。一昨年だったか、奥野は再婚した。年下の素敵な女性だ。先日、NHKの収録で、突然東京にやってきた。そして突然、私たちのグループラインに、「今日、NHKの収録なんだけど、誰かいないかな?あいてぇな」と書き込んできた。

昔からこんな奴なのだ。たまたま午前中で仕事を終えた私は、NHKの控え室まで会いに行った。奥野は「なんか、花見でもしたいね」と、突然言った。昔からこんな奴なのだ。仕方ないから、奥野の群馬の後輩の、バクチクのベースのユータに連絡した。

一緒に花見の買い物をして、NHKの横の代々木公園で場所を確保して、昔の仲間に連絡した。偶然にもほとんどの仲間が集まり、花見は盛り上がった。しばらくして奥野は、みんなと少し離れた場所で、素敵な奥様と二人で花を見ていた。

四半世紀前に、同じ場所で、私たちは毎年花見をしていた。奥野がみんなのところに戻ってきて、何気なく笑顔でつぶやいた。

「今が一番幸せだよ」

突然、電動車椅子に乗ることになった55才の男の言葉である。今の私に、そんな言葉を言える自信はない。恐るべし!電動車椅子。

この映画の監督の中村和彦さんには、感謝しかない。
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