勝村コラム

2019年6月11日(火) 背中

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今朝、女子のワールドカップフランス大会で、なでしこがアルゼンチンと戦っていた。

格下などと書きたくはないが、格下と言われていたアルゼンチンは、なでしこをリスペクトしていて、しっかりとした組織で戦い、勝ち点1を獲得した。

想像して以上にアルゼンチンは強かった。

なでしこはボールを支配して、試合をコントロールしていたが、得点を挙げることが出来なかった。あと数年で、アルゼンチンも優勝を争える強豪国の仲間入りをするのでしょう。個人のレベルでは、対等以上だった。

男子の代表も試合を重ね、3バックを試し、18才の久保選手をデビューさせて、話題になっていた。ここ数日で、日本の男女の代表をいろいろ考えながら観ることができた。共に格下との戦いだった。

格下という言葉は本当に使いたくないが、格下相手に、男女ともに得点のにおいがしなかった。最初の試合、男子は、か、く、し、た、相手に引き分けた。

そして、二試合目、か、く、し、た、相手に永井選手の令和初ゴールは決めて勝利していたが、少なくとも5、6点入っていてもおかしくない試合だった。森保ジャパンの代表戦で、初めて感じた違和感と、高倉ジャパンの違和感が似ていた。

男女ともに、個人で勝負する選手がいないのだ。久保選手は、とても評価がよかった。個人で勝負していたからだろう。森保監督の就任時は、若い猛者たちが躍動した、日本の夜明けのような戦い方だった。

みんなが個人で何度も仕掛けて、結果を出した。

公式戦ではやはりその威力は削がれていたが、今後の成長を期待できる気持ちにしてくれた。なでしこのワールドカップ前の数試合もテレビで観た。個々の能力は高まっていたが、柱になる選手が不在だった。

まぁ、ワールドカップの優勝メンバーは柱が何本もあった。そんな中でも澤穂希さんの凄すぎる存在が際立っていた。まぁ、沢穂希以降は、常にあの存在を求めてしまう。それはあまりにも酷であるが。男女に共通しているのは、ボールを保持している時間が多い。だが、ゴールへの逆算が見えないし、できていない。

なでしこの初戦の試合後の、高倉監督のインタビューで、ボールを持たされていたと、話していた。さっき、保持と書いた。持たされていた。持っていた。天国と地獄である。戦う相手にとっても。

この大きな課題が、結局、男女ともに同じだった。なでしこはワールドカップ初戦で勝ち点1をあげた。緒戦が難しいのはわかっている。ワールドカップで、頂点を極めた国である。

世界は、そういう意識でなでしこジャパン、高倉ジャパンを観ている。なんてことを書いたけど、皆さま、なでしこを力一杯応援しましょう。んで、高倉監督の回は、2週間くらい前に終わっている。知ってますよ。もちろん。なのにコラムを「今」書いている。

それはなぜか?

1番。ワールドカップの開幕を待っていた。
2番。締め切りに間に合わなかった。

正解は?

もちろん、2番だ!

ざまみろ。忙しいのよ。今、7月クールのドラマの撮影で、9時から24時までスタジオで撮影してるの。週に4、5日。ありえないでしょ?笑っ

みんな、精神的にも体力的にも限界にきている。無理!書けない!休ませて!と、見苦しい言い訳をさせていただきました。ありがとうございました。ほんじゃ、書きますよ。ふん。

え〜と、番組で何度も言っていることだが、おりはJリーグが始まる前に、読売クラブの「ロマン」というコーチのチームに入れていただいていた。小見さん、川勝さん、横浜FCの監督も務めていた岸野さん、日本人初のホペイロの松浦くん、他にもすごい人たちだらけの恐ろしい遊びのチームだった。

最初の試合前に、川勝さんは「勝村、欲しいタイミングで出してやるから」とやさしくささやいてくれた。試合中にゴール前に詰めたら、欲しいって言う前に、川勝さんから最高のセンタリングのボールが、膝にぶつかった。自分の考えたタイミングよりも、2秒くらい速い。

びっくりした。

これがプロのタイミングなんだとビビったことを今でもはっきりと覚えている。試合は選手の練習の後に始まる。よみうりランドの横にある練習場に行くと、練習終わりの都並さん、キングカズ、ラモスさん、キーちゃん、他にもすごい選手たちをみかけて、テンションが上がる上がる。

いつも少し早めに行って練習を観ていた。人工芝の練習場ではユースが練習をやっている。小見さんが、「勝村も入れよ。ユースの練習は大変だから、こっち入ってろ」と言った。

そこは。読売ベレーザだった。女子サッカーチーム。当時、女子がサッカーをするところをほとんど観たことがなかった。当時のベレーザの監督は竹本一彦さん。高倉監督のご主人である。

小見さんや竹本さんとは、試合の後にいつも飲みに行っていた。当時30才くらいだったおりは、まぁ、素人レベルではまあまあの選手だった。と思う。だが、ベレーザの練習に参加して驚いた。

選手の技術が非常に高かったからだ。高校までサッカーをやっていたが、女性とサッカーをするのはもちろん初めてだ。まぁ、試合前に軽く球蹴って、軽く汗流す程度に考えていた。

とんでもなかった。力と身体の大きさ以外は、かなわなかった。みんな基本的な技術がしっかりしていて、いわゆる「読売クラブ」のパスサッカーをしていた。当時のベレーザのエースが、現在、なでしこジャパンの監督の高倉麻子さんだった。

笑顔が素敵で、姿勢がよく、技術がしっかりしていて、頭がよく、とにかくサッカーを理解していた。後でわかったことだが、この時のベレーザには大竹七未さんがいて、中学生くらいの澤穂希さんもいたらしい。竹本監督の指導の下、当時からベレーザは、とにかく素晴らしいサッカーをしていた。

なでしこがワールドカップで優勝したメンバーのほとんどは、読売ベレーザ出身である。余談だが、柏レイソルが2部に降格し、J1に昇格してそのまま優勝した時を覚えているでしょ?

あの時の柏を引っ張っていたのは、竹本さん、小見さん、そして監督のネルシーニョなのだ。そう、読売クラブの頭脳と柏のレイソルのコラボが作り上げた奇跡のチームだったのだ。そう、そんな頃から、高倉監督を知っているのだ。高倉さんが、指導者になったことは知っていた。

指導者になってからの手腕は、想像をはるかに超えていた。一歩一歩、確実に、当たり前のように監督の頂点に立った。選手としても、監督としても、こんなに有能な人材はなかなかいない。

今の男女の日本代表監督は、偶然?必然?それは神のみぞ知ることだが、とても似た経歴である。高倉監督は、選手の頃からだが、非常にクレバーである。試合後のインタビューを聞くのが楽しみな人は少ない。高倉ジャパンのワールドカップは始まったばかりだ。

どんな結果になるかも、神のみぞ知る。

だが、どんな結果になっても、高倉ジャパンは、高倉監督は、永遠に続くような気がする。世の中にはいろいろなタイミングがある。高倉監督と一緒に球を蹴った経験のあるおりは、選手としての高倉麻子さんが、今、なでしこのチームで躍動する姿を観てみたかった。

もちろんそれはかなわないことだが、高倉麻子選手の背中を見て育った澤穂希選手が、後輩たちに大きな大きな背中を見せてくれた。

これからのなでしこの未来はこれからも明るい。
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