勝村コラム

2019年6月 9日(日) 宇宙人

今年、フョードル・ミハイロビッチ・ドストエフスキーの名作、罪と罰を今年舞台でやらせていただいた。

演出家は、リバプール出身で、生粋のリバプールサポーターで、笑っ、ロイヤルシェイクスピアシアターでキャリアを重ねた、フィリップ・ブリーン。

稽古前に、一日だけワークショップに参加した。

おりの参加した日は、シェイクスピアの「ウインザーの陽気な女房たち」を題材に、文脈、韻の踏み方、リズムなどを説明して、具体的に実践した。

おりは、ブリーンさんとは初めてだったので、ブリーンが積極的におりのパーソナルを知るためにアプローチしてくる。

って言っても、一緒に遊ぶ感覚である。若い人たちは、ワークショップに慣れていない。この演劇の話しが、不思議とサッカーに重なる。日本人独特の、教えてもらうという感覚。本来みんな素晴らしい何かを持っている。

んだよ。だれもが。

なのに、教科書を欲しがり、マニュアルを欲しがり、先生の目を見ながら、気にしながら、怒られないように、相手を不機嫌にさせないように、波風たてないように振る舞い、個人を埋没させる。

みんな指示されるのを待っている。黙って、ずっと持っている。 おりが芝居を始めた頃、ダメな先輩たちは、「毎日同じ時間に電車に乗って、会社に行ってるサラリーマンみたいなことができるかよ!」なんてカッコつけていたが、稽古場に毎日同じ時間に電車に乗ってやってきていた。

そして、稽古場では何かを待っていた。能力の高い先輩は、演出家の言うことを最低限守り、勝手に自由な芝居をしていた。見ていて楽しかったし、真似ができなかった。だから、発声や、動きや、アイデアの断片を真似して吸収しようとした。

おりの若い頃は、一日中ワークショップをやらされていた。ワークショップなんて言葉はなかった時代。

稽古。稽古。稽古。

朝から晩までいろんな稽古を、死にそうなくらいやらされた。最近、S級ライセンス取るときに、みんなで力を合わせて、切り株にたくさんの人が乗ったり、一人では越えられない高さの場所をみんなでアイデア出しあって越えたりしてる映像見たことあるでしょ?

演劇ではあんな事とかを、死ぬほどやらされる。まぁ、日本の演劇の問題は、辛くなってもずっとやらされる。いわゆる理不尽なまでに。

海外では、辛くなる前に終わる。楽しむ気持ちをなくしてしまったら、意味がなくなるからだ。理にかなっている。理にかなっていない日本の劇団では、毎回違うアイデアを出さないと、めちゃくちゃ怒られる。笑っ

アイデアなんて、一日中出てくるものではない。誰も教えてくれないし、助けてもくれない。そんなことを繰り返して、繰り返して、やっと舞台の戯曲の稽古が始まる。

んで、またアイデアを出さないと怒られる。地獄だった。

三浦あっちゃんが言っていた、高校時代の理不尽な練習。だが、日本代表は、高校時代に理不尽な練習を経験してきた選手の割合が多かったのも事実だ。

もちろん、サッカーでも演劇でも、そんな理不尽なことおすすめはしない。笑っ

ブリーンは、ずっとおりのやってることを楽しそうに笑いながら観ている。見学している若い俳優も楽しそうに笑いながら観ている。

メモ取ってる「やから」もいる。違う時代になってしまったんだなと実感する。おりが若い頃は、(若い頃若い頃ばかりで申し訳ないが)すごいことしてる役者を観ると、もちろん楽しんだが、悔しかった。

自分より凄いことをする役者を観るのは、楽しいけど、苦痛だった。役者なんて余裕の産物なんだから、必要は限られる。元々必要ないのに、おりより凄い役者がいると、おりはさらに必要ない。

サッカーも同じだ。

だから稽古では、死ぬ気になってアピールするしかなかった。ブリーンが戯曲の説明をする。若い俳優さんたちは、じっと聞いているし、メモを取っている。

おりは、戯曲を知っている。メモを取る必要がない。若い頃に読んでいるからだ。おりが、主人公のフォルスタッフをいろいろなアイデアを繰り出してやっている。すると楽しそうに笑いながら、ブリーンが近づいてきて、「ミスターカツ、一つアイデアがあります。こんなことはどうですか?」と提案してくれる。

おりは少し参考にする。だが、やっているうちにアイデアの枠を越えてくると、また違うことをする。アイデアに対して、新しいアイデアを提出するのだ。

それを観て、ブリーンが新たなアイデアを提案する。ジャズのセッションのように。勘違いしないでいただきたいのだが、おりが自分を優れた役者だとか言っているわけではない。

演劇は総合芸術である。

それぞれがアイデアを持ち寄る場所が、稽古場である。日本の劇団とか、俳優は、演劇の勉強をしなくても作れるし、なれる。海外の俳優は、学校で演劇を勉強してから俳優になる。

いい悪いではない。それが現実なのだ。演劇を勉強することは、歴史を勉強することである。歴史とは縦。

一番大切。サッカーでも一番大切なのは、縦パス。 歴史を勉強せずに振る舞うのは、楽である。横のつながりだけを大事にするのは、楽である。

サッカーでも、無駄な横パスは意味がない。演劇とサッカーは、まったく同じことが言える。

そして、演劇でもサッカーでも、一番大事なのは、基本とアイデア。みんなが見ているはずの同じ場所を、角度を変えて、意識を変えて観ている人が、一流なのである。

必要を生み出す人。今回のブレインは、スキマハンター、軒先株式会社の代表取締役の西浦明子さん。

みんな忘れかけているが、日本は昔から世界から小馬鹿にされてきた。未だにされている?かな。笑っ
だいぶ変わったが、おりが海外に初めて行ったのは、30年くらい前。まぁ、その頃でも、海外の人たちの日本人に対する印象は、眼鏡、出っ歯、カメラ首から下げたスケベ。言葉も話せず、ブランド物を買い漁る。

などなど。あ〜悲しくなる。

先日も、ブラジルの大統領が、日本人を揶揄する言葉を使っていた。結局、腹のなかでは馬鹿にされているのだ。おりはなぜか、仕事で海外へ行くことが多い。

何も知らなかったが、後で考えたら、あれが差別されているってことだったのかと思うことが何回かあった。

ほとんどお客さんいないのに、店の人が誰も注文聞きに来ない。

ジェームス・ディーンの名作「ジャイアンツ」の最後のシーンで、どっちかっつーと差別主義者だったアメリカでもっともタフガイと呼ばれていた、ロック・ハドソン演じる牧場主のジョーダンが、息子の奥さんがメキシコ人であったために、レストランで差別を受け、闘うシーンは素晴らしかった。

その息子をデニス・ホッパーが演じている。すげぇなぁ〜。笑っ

メキシコ人ってだけで、差別の対象になる。アジア人ももちろんである。頼んだものと明らかに違う物が運ばれてきたり。

こちらの発音の問題だと解釈していたが、海外で暮らす人に聞くと、「それ馬鹿にされてんだよ」と、笑いながら教えてくれた。

話しはだいぶそれたが、海外では昔から日本人は、うさぎ小屋に住んでいると、バカにされていた。まぁ、確かに、言われてみれば、日本人はだいたい狭い家に、普通に、文句も言わずに住んでいた。

当たり前だと思ってたから、馬鹿にされるまでわからなかったんだけど。笑っ

狭いながらも〜た、の、しい〜我が家〜

なんて、歌もあったくらいだ。そう。日本人の本来のメンタルの強さは、実はそこにある。

まさか、そんな歌の中にも、日本人がどんな逆境にもめげずに立ち向かえた本質が隠されていたことを、そんなこと、おり以外に誰が気付きますか!笑っ

その本質とは、「何事にも屈しないための、アイデア」だったのだ。日本人の強さは逆境にめげないことなのだ。そして、アイデアという鍵で、様々な難攻不落の扉を開けてきたのだ。

フランスでは、バゲットの大会で世界一を取るのは日本人。

スペインでは、パエリアの大会で世界一を取るのは日本人。

カレーだって、インドのものをべらぼうに美味しく国民食にしてしまった。ラーメンと餃子も同じ。

車だって、家電だって、なんでもかんでも、日本人の緻密な「アイデア」で、すべて世界一を獲得してきたのだ。

本家の凄さに、島国特有の緻密なアイデアで、分家が本家を凌駕する。西浦さんも、小さな小さなスペースに、宇宙を見つけたのだ。そう、アイデアとは宇宙なのだ。

本当に能力の高い人は、みんな宇宙を見つけた人なのだ。宇宙はどこにでも存在している。だが、宇宙を見つけることができる人は少ない。おりたちが、目で見ている世界を信用してはいけない。

なぜなら、世界は現実だから。世界なんて、大したことはないのだ。世界なんて、宇宙のほんのほんの、些細な、微小な一部に過ぎない。宇宙が見える人は、特別に選ばれた人である。

サッカーでは、エルニーニョとも呼ばれる。ペレ、クライフ、マラドーナ。現役では、メッシ、CR7。

みな、宇宙人とか、神とか呼ばれている。宇宙を見つけた人。スキマハンターの西浦さん。なんという素晴らしい感覚。あなたも、もちろん宇宙人なのだ。
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