勝村コラム

2018年12月 9日(日) 自己責任

今、世間では「自己責任」という言葉が一人歩きしている。いろいろな立場の人が、いろいろな意見を提出している。態度の悪い人は自己責任が重くて、態度や会見の受けのいい人は、自己責任が軽い。

日本人は何か起こると、必ず感情論が前面に出てきて、正しいジャッジが見えなくなってしまうことが多い。

やれやれ。
これだけ細分化の時代なのに、そこだけは細分化できない。自己責任ってなんだろ?

日本は責任を曖昧にする国である。恥ずかしながら。それは、私たちの人生にも重なってくる。責任とどう向き合うかのかを、しっかりと教えてもらった記憶がない。知ってても、知らないふりをする。そもそも誰が教えてくれるのだろう?

親?先生?コミュニティ?神様?サッカーではどうだろ?

負けた責任と勝たなければならない責任。きついなぁ〜。重いなぁ〜。94年のワールドカップアメリカ大会では、優勝候補のコロンビアのエスコバル選手が、自殺点を入れてしまい、撃たれて死亡するという痛ましい事件もあった。

ミスから勝利を収める時もある。センタリングのミスが、そのままゴールに入ってしまったり。とんでもないミスキックが、ディフェンダーに当たってオウンゴールになったり。まぁ、スポーツはミスが当たり前だから、スポーツをする人には、全て責任がある。

のか?

やはり、責任の取り方は難しい。

今回のブレインは、自己責任の王者と呼んでも差し支えないでしょう。アルピニストの野口健さん。究極の自己責任者。自分の命を自分で守る。自分のミスが、仲間の命を落とすことになる。野口健さんに「野口健が見た世界」という写真集をいただいて観た。

すごい写真集だった。

生と死が入り混じって、美しい景色に怖さを感じたり、恐ろしい景色に暖かさを感じたり。観ておかないと損をすると思ってしまうほど、凄い写真集だった。その写真集の最初の文章にこう書いてある。

僕が人生の一番最初に抱いた夢は、カメラマンになることだった。小学校低学年のときに観たテレビドラマ「池中玄太80キロ」の影響だ。西田敏行さん演じる報道カメラマンが日々の仕事に追われながらもライフワークとして「鶴」を追い続け、写真に収めようとする。妻を亡くした池中玄太が3人の子どもを育てながら亡き妻に「鶴を見せる」との約束を果たそうと不器用ながらも必死に生きていくといったストーリーだ。小学生ながらそのガムシャラに夢を追いかけ続ける池中玄太の生き方がとても眩しく、憧れていたのかもしれない。

冒頭の原文をそのまま書かせていただいた。

写真だけではなく、文章も素晴らしいよ。そして停学中に、笑っ、本屋に行って何気に取った本が、植村直己さんの本だったそうだ。野口さんも、エルニーニョだとわかった。神の子である。神に愛された子である。偶然や奇跡は誰しもが経験する。はず。

だが、その神に与えられた経験を貫き、自分の生き方に反映させていくことができる人は少ない。私の大先輩で、大恩人の西田敏行大兄に、野口健さんのことをラインした。大兄はとても喜んでくれて、こんな返信がきた。

「俺は植村直己は、偉大なる落ちこぼれだと思っています」

と、予想だにしない言葉が返ってきた。敢えて意味を聞かなかった。だが、その言葉を考えながら、野口健さんの話を思い出すと、申し訳ないが、野口さんにも、偉大なる落ちこぼれという言葉が当てはまるから不思議だ。

しかし、野口さんはゴミ問題で日本人がバカにされたことに腹を立て、大いなるゴミ拾いを開始する。この新しい偉大なる落ちこぼれは、世界中の山に落ちこぼれたゴミを回収して回ってもいる。落ちこぼれを拾いまくる偉大なる落ちこぼれだったのだ。野口さんの話は、何故か高い場所で聞いているみたいだった。不思議なことに。

会話に臨場感があり、死に直面した人にしかわからない、何か特別な何かを纏っているのだ。偉大なるシェイクスピア俳優であり、映画監督の、ケネス・ブラナーのハリウッドデビュー作品の「愛と死の間で」

臨死体験をした若者たちが、それぞれ不思議なことが起こり始める。大雑把すぎて申し訳ない。笑っ。内容忘れちゃったのよ。笑っ。全然内容違かったら、ごめんなさい。

そんな感じ。

なにが?笑っ

えっと、野口さんも死に直面した人なので、その登場人物とかぶるのよ。誰も到達したことのない場所に行った人独特のオーラを纏っているのよ。映画観ればわかるから。私も昔、ロッキー山脈でロケをしたことがあるのよ。頂上までは、撮影なのでヘリコプターで連れて行かれた。

ヘリコプターだとあっという間に頂上に到着するんだよね。そりゃそうだよね。高くてもアルプスだって10000メートル弱だもんね。10000メートルなんて、ヘリコプターならあっという間。今、ロッキー山脈をwikiで調べたら4401メートルだって。そりゃさらにあっという間だわ。

だが、スタッフの手違いで、まだ撮影中の頂上に行ってしまった。他にもヘリコプターがあるので降りられない。だが、山脈なので、頂上もたくさんある。申し訳ないが、隣の頂上で待機してくださいと言われた。なんだ?その隣の頂上で待機って!

すぐに着いた。

ヘリコプターの中で待機するのも勿体無いから、操縦士に外に出てもかまわないか?と聞いた。

どうぞ。笑っ。と言われたので、ヘリコプター以外何もない頂上を散策した。雪があちこちにあるが、全てを覆っている訳ではない。雑草が生えていて、湧き水が流れていた。天国ってこんな感じなのかと思った。

天気が良くて、陽が出ているとえらい暑くて、半袖で問題ない。だが曇った瞬間ダウンがないといられない。恐ろしい寒暖の差だ。紫外線が強いから、皮膚が痛い。スタッフが油断して、その強い紫外線を浴びて首の後ろとか、大火傷してる人もいた。今まで経験したことのない、なんとも表現できない不思議な時間だった。

小1時間過ごすことができた。その時に体験したことが、野口さんの話を、何気ない話を聞いているだけで、鮮明にフラッシュバックした。何故なのかは、まったくわからない。

だが、野口さんの纏った何かが、私のどこか奥深くに眠っていたロッキー山脈の頂上の不思議な時間の記憶を、呼び覚ましてしまったとしか思えない。野口さんの話をずっと聞いていたかった。もちろんそれは難しいので、最近は野口さんの写真集を枕元に置いて、いつでも写真を観られるようにしている。

枕元に野口さんの写真集があるだけで、すごくしあわせな気分になる。


追伸―
秋田に向かう新幹線か、秋田から戻る飛行機の中か忘れたけど、笑っ、ちょうど野口さんの書いた文章が掲っていた。野口さんが山に登る理由が書いてあったから、最後んとこだけ。

危険と隣り合わせな場所に行くと、人間が本来持っていたであろう触覚が伸びるような気がするんです。だから、僕は山に登るし旅にも出るんです。

なんて魅力的な理由なんざんしょ。
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